ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

見るんじゃない、感じるんだ

2005年10月30日 | ガジ丸通信-音楽・映画

 金曜日にしかアップしないガジ丸通信、今日は号外。来週、ガジ丸は休みなので、最近観た映画のことを2題、その感想を忘れないうちにと思っての号外。映画の他に、沖縄にとって大事なこと、日本と日本国民にとって大事なことなど、私も前から気にかけていることが続けてあったので、それらも加え4題アップ。

 「見るんじゃない、感じるんだ」というセリフは映画のワンシーンで、ブルース・リーが修行する少年に言った言葉の日本語字幕スーパーだったと記憶している。相手の動きを見て体を動かすのでは遅い、動きを感じて対処せよということだろう。
 「観るんじゃない、感じるんだ」あるいは「考えるんじゃない、感じるんだ」ということは、芸術を鑑賞する際にもいえることではないだろうか。先々週の土曜日(10月22日)に桜坂劇場へ出かけ、小栗康平監督の作品『埋もれ木』を観た。“観たり”、“考えたり”した私には、まるで難解な現代詩を読んでいるみたいに、『埋もれ木』がいったい何を表現しているのかさっぱり理解できなかった。
 その2週間ほど前に『埋もれ木』のチラシを見た。その中にある「自分の夢と仲良くしよう」というコピーを見て、また、芸達者が並ぶキャストを見て、それより何より、監督が小栗康平であることを見て、これはぜひ観に行かなくちゃあと思ったのであった。が、観終わった後はモヤモヤの残る消化不良の気分となった。
 画面にときおり綺麗な映像が現れる。「おー、きれいだ」と感じる間もなく、そう感じたシーンには決まってオーケストラの深く重苦しい音楽が流れる。「何だ、何だ、このきれいなシーンに何か深い意味でもあるのか」と考える。登場人物たちのゆったりとした台詞回しにも何か意味があるのかと考えたりして、しまいには疲れてしまったのである。
 思えば、20年以上も前に『泥の河』を観た時も、私は映画の表現するところをきちんと理解することはできなかった。その後しばらくして観に行ったマルセ太郎のパフォーマンスによって、『泥の河』が何を表現しているかをいくらか感じられたのであった。
 山田洋次や安藤忠雄といった一流の感性を持った人たちが手放しで褒めていることから、『埋もれ木』が素晴らしい作品であることは想像できるが、残念ながら私にはその良さが理解できなかったのである。「へへんだ。こんな映画理解できなくても、世の中には解りやすくて面白い映画はいっぱいあるぞ!」なんて、私は拗ねたりはしない。良い感性、深い感性は理解できるようになりたいと願っている。頭も心も硬くなっているオジサンではあるが、「見るんじゃない、感じるんだ」修行を始めようかと思うのである。

 記:2005.10.29 ガジ丸

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