ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

科学の力

2017年02月24日 | ガジ丸の日常

 子供の頃夢中になって観ていたテレビアニメ『鉄腕アトム』、その主題歌は今でも概ね覚えている。「空を超えて ラララ星の彼方 行くぞアトム・・・(中略)・・・科学の力だ鉄腕アトム」、メロディーははっきり覚えていて、ギターを弾いて歌える。
 この歌のお陰で私は科学が好きになった。科学の力が鉄腕アトムを生んだのだ、私の大好きな鉄腕アトムを生んでくれた科学なのだ、好きにならずにいられない。
 科学が好きになった少年はその後どう成長したかという前に、科学とは何ぞや?と科学の定義をはっきり認識しなければならないので広辞苑。
 その第一義に「観察や実験など経験的手続きによって実証された法則的・体系的知識。また、個別の専門分野に分かれた学問の総称。物理学・化学・生物学などの自然科学が科学の典型であるとされるが、経済学・法学などの社会科学、心理学・言語学などの人間科学もある。」とあった。私のイメージする科学より範囲が広いのだが、
 その第二義に「狭義では自然科学と同義。」とある。これです。物理学・化学・生物学などの自然科学がアトムのようなロボットを産み出すはず。
     

 科学が好きになった少年はその後、しかしながら物理学・化学・生物学が好きになって勉強に励んだということは無い。中学の頃、理科は苦手、ついでに言うと、社会も苦手、英語も苦手、国語は普通、数学はまあまあ好きといった少年であった。高校になると、物理学は好きだったが化学や生物学は苦手、ついでに言うと、世界史、地理、現代社会、英語などは苦手、国語は普通、数学はまあまあ好きといった少年であった。
 自然科学の中では唯一好きであった物理学、宇宙の仕組みなど好きで、アインシュタインの本も読んでいた。でも、熱中する程では無い。少年が熱中した科学は空想科学、正確に言うと空想科学小説、いわゆるSFが大好きだった。アーサー・C・クラーク、アイザック・アシモフ、レイ・ブラッドベリ、星新一、筒井康隆、安倍公房、小松左京、平井和正などのSF小説を貪り読んだ。アシモフ、星新一、筒井康隆などを多く読んでいるが、クラークの『2001年宇宙の旅』は映画でも本でも感動したことを覚えている。
     

 青年の頃もSFは好きだったが、20代後半になると離れていき、オジサンになってからはほとんど読まなくなった。ただ、パソコンは好きで、大学を卒業して沖縄に帰ってからの20代後半にはヤマハのパソコンを購入した。その頃人気のパソコンというと、従姉の夫が持っていたNECのPC9800であったが、別にMSX規格というのができたてで、ヤマハのパソコンはその規格に準拠しており将来性があると踏んだことと、私が音楽好きであったこともパソコン業界ではマイナーのヤマハを選んだ理由である。
 ヤマハのパソコンを使って弦楽四重奏もどき、クラリネット、ベース、ドラムの音源を使ってジャズもどきなどの音楽を作っては遊んでいた。少年の頃から学校の宿題で出される真面目な作文は苦手だったが、ふざけた文章を書くのは好きだったのでパソコンを使って文章書きもしていた。そして、簡単なプログラミングでゲームも作っていた。
 プログラミングは私の好奇心を大いにくすぐった。この場合はこうする、そうなったらあーするなどと文章で支持を与えるとパソコンの画面がその通り動く。「アトムも夢じゃないぞ」と青年は思い、熱中したのであった。
     

 科学の好きだった青年は、オジサンと呼ばれる年齢になるとその熱はだいぶ冷める。SF小説は読まなくなった。時々購入していた雑誌ニュートンも買わなくなった。オジサンと呼ばれる年齢になると仕事に追われるようになり、科学探求の余裕が無くなった。
 ただ、仕事でパソコンを使う機会が多かったので、パソコンの勉強はやっていた。その頃は既に充実したソフトがあり、オジサンの勉強はそのソフトを使いこなすことに多くの時間が費やされたのだが、エクセルのマクロを使って、職場の事務員が使いやすくなるような収支表作りなどをして、科学的好奇心を少しは満たしていた。
 後期オジサンとなった現在はどうかというと、周りに科学は溢れている。今目の前にパソコンがあり、窓際には扇風機があり強の力で私に風を送ってくれている。洗濯機、冷蔵庫、オーディオ、炊飯器、電灯、携帯電話もある。科学の力が無ければ私は生きていけなくなっている。そして、いずれも壊れたら自分の手では直せないし、自分では作ることもできない。科学の力の保護下にあるオジサンは、もはや、科学に対する探求心も好奇心もほとんど失ってしまった。与えられる餌を食べてりゃいいさと開き直っている。
     

 科学の力の保護下に甘んじているわけだが、ひねくれ者の私はそれでもまだ、「うんにゃ、このまま支配され続けてはいないぞ!」という反骨も心の片隅にある。
 電気は欲しい。パソコンが無いと私の人生の楽しみは半減するが、文章を書いたり絵を描いたりする筆記用具があればその替わりの楽しみはいくらか作れる。洗濯機が無ければ手洗いすれば良い、灯が欲しければランタンを使う、煮炊きは薪を使う。音楽は自分でギターを弾き、あるいはサンシンを弾き歌う。それでも電気は欲しい。冷蔵庫は欲しい。
 何といっても冷えたビール(発泡酒)が欲しい。畑仕事で疲れた体を癒すためにも酒は生きるに必要なもの、たっぷり汗をかいて、シャワーを浴びた後に飲むたビールは無上の喜びを与えてくれる。生きている幸せを感じられる時なのである。
 一方で、野生人になりたいと思っている私は、雨水を飲み水にできる濾過装置を作る予定であり、食べ物の全てを自給自足する予定でもある。そして、私の畑はなるべく科学の力を使わないようにしている。耕すのも草を刈るのも機械を入れず手作業でやっている。害虫防除にも化学薬品を使わない、除草剤も使わない。自然の力と人間の力で作物を生産できる畑にしたいと思っている。自然の力と人間の力が協力すれば、人間1人が生きていけるだけの食料は生産できるはずだと信じている。神(いるとしたら)は自然と人間をそのように造っているに違いない。・・・それでもなお・・・冷蔵庫は欲しい。
     

 記:2017.1.19 ガジ丸 →ガジ丸の生活目次

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