ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

お国の為とは言えど

2016年09月23日 | ガジ丸通信-沖縄関連

 先週金曜日(16日)、国と沖縄県が争う裁判の判決があった。何が何でも沖縄に米軍基地を押し付けようとする国の言い分を裁判所も支持した。南の島の呑気なオジサンである私だが、そんな私もその結果を残念に思った。しかし、呑気なオジサンは呑気なので、家で料理をしながらラジオでそのニュースを聞いて、替え歌を思いついていた。
 元歌のタイトルは「可愛いスーチャン」、古い歌だ、調べると1945年頃に流行ったとのこと。私がこの世にやってくる前の歌だが、私はメロディーははっきり、歌詞は1番だけ覚えており、ギターを弾いて歌うことができる。その替え歌、
 お国の為とはいいながら 人の嫌がる軍基地を
 押し付けられてる哀れさよー 愛しいウチナーよ何処へゆく
     

 替え歌の次は妄想。
 嘉島仙世の先祖は小作人を数多く抱える大地主であった。先祖代々の土地は戦中戦後の混乱期に地籍が不明となったものもかなりあったが、それでもまだ、多くの土地が残されていた。それらのほとんどは畑では無く住宅地となって、民家が立ち並んでいる。
 戦後の混乱期、嘉島家の土地に承諾を得ず勝手に工場が建てられた。当時の家長であった祖父は文句を言ったが、工場は国の後ろ盾があり、借地料も支払うということで渋々認めることになった。工場で働く人の住まいのため祖父はさらに多くの土地を借地として提供した。仙世の父の代になると、嘉島家の土地以外にも人々が住み着くようになり、大きな道路ができ、住人のための店舗、病院、学校などもでき、辺りは賑やかになった。

 祖父の代に建てられた工場は町のほぼ中心にあった。化学薬品を製造する工場、煙突からは煙を出し、大量の汚水が下水へ吐き出された。公害が社会問題として大きく取り上げられた頃、父は工場から排出される煙や水について調査を求めたが、工場側は、最新の浄化装置を設置したので安全だということのみ言い張り、調査はうやむやにした。
 で、住民は怒った。工場撤去せよの運動が起こった。そして、工場側もついに移転を表明した。実は、工場側にとっては、老朽化した建物の建て替えと新設備導入が必要なことだった。しかし、そのことは伏せて「住民の安全のために我々は移転を決意しました。」と宣言し、「移転のためには新たな土地が必要です。町外れで良いので十分な広さの土地を提供して下さい。そうすればすぐに移転しましょう。」との条件を出した。工場側のこの手前勝手な提案に工場撤去を要求している住民達は怒りの声を挙げた。
 「何で我々が工場移設の為の土地を提供しなければならないんだ!」
 「たとえ町外れに移設したとしても、町外れに住む人々もいるんだ、国の利益のためならそういった一部の人間の犠牲はしょうがないということか!」
 「長い間、この町は工場のために不利益を被ってきたのだ、その不利益は国全体が責任を覆うべきものだ、なんでこの町だけが犠牲になるんだ!」などといった声。嘉島仙世は工場撤去運動市民団体の代表者の1人でもある。彼もまた声を挙げた。
 「私は自分の土地に公害の元凶があり、町の人達に迷惑をかけていることを心苦しく思っている。なので私は私の土地を返せと言っている、これは正当な要求だ。」と。嘉島仙世の怒った顔がスクリーンに大きく映って・・・ここで私の妄想はお終い。
     

 記:2016.9.23 島乃ガジ丸

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