ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

筋肉では無く脳の問題

2007年02月16日 | ガジ丸通信-社会・生活

 1月の最後の日曜日(1月28日)、知人で木工家のMさんを見舞いに病院へ行った。Mさんは脳腫瘍とのことであった。手術で大きな(鶏卵大)ものを摘出したが、まだ少し残っており、それを放射線と薬によって治療しているとのこと。
 「そんな大きな腫瘍ができるまで気付かなかったの?頭痛とか何か、自覚症状みたいなものは無かったの?」と訊いた。
 「真っ直ぐ歩いているつもりが、曲がってガードレールにぶつかったり、タンスにぶつかったり、水平に持っているつもりのコーヒーカップが斜めになってこぼしたりした。右側に腫瘍があったので、左手、左足の感覚がおかしかった。」とのこと。

 去年の暮れ、驚くことが我が身に起こった。車に乗ろうとドアを開けたときに、ドアの上方角が私の頬にぶつかったのだ。「今日は晴れそうだな」と空を見上げながら開けたので、ドアを見てはいない。見てはいないが当然、ドアの取っ手に右手をかけ、右手と体との間隔は把握できているはず。なのに、ドアが頬にぶつかった。いつも通りに普通に開けたので、「いてっ」て声が出るくらいに痛かった。
  そういえば、我が身と物との間隔を把握する能力の衰えは以前からあった。食器を洗って、それを食器乾燥機に入れる際、乾燥機の中にちゃんと置くことができなかったことが過去に何度もある。乾燥機の角に食器をぶつけ、落としてしまい、割っている。
 そういった運動能力の衰えは、筋肉では無く脳の問題なのだ。「うー、もしかしたら俺も、脳に何らかの異変があるかも」と少し不安になる。が、生来楽天家の私はすぐに思いなおす。私の場合は、脳に何らかの異常があるのでは無く、単に、加齢による能力の衰えなのだと。それが証拠に私の場合は、左右関係なく運動能力が衰え、また、記憶力もずいぶん衰えている。脳全体の衰えなのである。病気では無く、老化なのである。

 ということで私は一安心する。そういえば、一年くらい前から夜中1回は目が覚めるようになった。小便である。頻尿である。「よし、やはり老化だぜ。」と、老化であることの証拠をまた一つ見つけて、さらに安心度が増す。幸せな気分に浸る。
 「老化を喜ぶなんて変」と思う人もいるだろうが、これがたぶん、オキナワ的暢気な生き方ではないだろうか。歳取って歩くのがきつくなったり、物忘れが多くなったりしたとしても、生きてりゃあたいてい、いつも幸せということ。たとえ、入院手術なんて状況になったとしても、生きてりゃあ幸せと思えるような精神で、私はありたい。
 木工家のMさんは、病に倒れる前、「パソコン教えてくれー」と私のところにたびたび来ていた。彼は病室にパソコンを置いていた。病気の治療は大変そうであったが、彼はそんな中、パソコンを勉強していた。彼には明日があり、来年もあり、おそらく20年後も30年後も見えるのだろう。彼もまた、真っ当なウチナーンチュなのである。 
          

 記:2007.2.3 ガジ丸

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