ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

良き隣人

2011年01月03日 | 沖縄02歴史文化・戦跡

 復帰後、日本の経済発展のお陰で、つられて沖縄も発展して、沖縄の物価がアメリカを凌ぐようになり、今では近所にアメリカ人が住んでいるなんてことはほとんど無いが、私が子供の頃、沖縄はまだ本土復帰前で米軍の統治下にあった。その頃は、アメリカは裕福で、沖縄は貧乏であり、貧乏なウチナーンチュにとっては家賃の高いアパートも、アメリカ人にとっては安かったらしく、民間のアパートに住むアメリカ人も多くいた。そういったアメリカ人は軍人では無く、軍属である。軍人は基地内に住まいがある。
 私の家の向かいにアパートがあり、そこにアメリカ人一家が住んでいた。私と同年代の男の子が一人いた。名前も覚えている。愛称なんだと思うが、彼はポッカと言った。ウチナーンチュは人の名を語尾を伸ばして呼ぶので、我々は彼をポッカーと呼んだ。
 なにしろ言葉が通じないので、そうたびたびでは無かったが、彼と一緒に遊ぶこともたまにはあった。で、名前を覚えているのだ。そう仲良しってわけでも無いが、仲が悪かったなんてことも無かった。我々も普通の人間で、彼も普通の人間で、わけも無く嫌い合うようなことは無かったのである。我々は、まあ、普通に良き隣人であった。

 今週の別の記事『嘉手納カーニバル』で紹介している『隣人の素顔』(NHK沖縄放送局編)という本では、米軍も現地との相互理解に力を入れるようになり、それ専門の部署を設け、現地との交流をスムーズに運ぶようにし、米軍内部に対しては、現地住民の「良き隣人」になるようにと指導しているようなことが書かれてあった。
 相互理解を深めるために、米軍もいろいろ努力しているようである。私も相互理解が進むことには賛成である。どんどん交流を深めていったら良いと思う。しかしながら、相互理解の、その目的は彼我で大きく異なっている。同床異夢である。
 米軍にとって沖縄の基地は、東アジア戦略の重要な基地である。しかも、ここは太平洋戦争における大きな戦果でもある。戦争に勝って得た領土である。手放すわけにはいかないのである。なので、現地住民の基地反対運動は彼らにとって困ったことなのである。できれば、現地にも基地運営に協力的であって欲しいのである。これが彼の目的。
 相互理解は良いことであると言う我の目的は、「ウチナーンチュは争い事を好まない平和を愛する人々である。」と理解させ、「こんな島に戦争の可能性のある武器や基地は似合わない。」と思わせることにある。まあ、何とも甘い考えであるが、しかも、そのためにはウチナーンチュがそうであるよう努力をし続けなければならないが・・・。

  いつの日か、良き隣人が、戦争の可能性の全てを引っさげて、沖縄から出て行く。隣人が去っていくのは淋しいことであるが、沖縄が良い島であれば、そこには戦争の可能性を持たない新たな隣人がやってくるであろう。そして、沖縄が良い島であればまた、去って行った良き隣人たちも、いつか良き旅人となって訪ねて来て、旧交を温めるなんてことがあるかもしれない。まあ、なんとも甘い考えではあるだろうが、全く可能性が無いわけでは無い。未来には、そんな甘い考えが実現するであろうと夢を見つつ、少なくとも今、隣人である間は、互いに良き隣人でありたいと思っている。

 なお、『隣人の素顔』は2000年の発行で、今からもう7年前の話である。この7年間で米軍側の、相互理解への取り組みはさらに進んでいるに違いない。基地反対の立場にいる人でも、身元がはっきりしていて、ちゃんとした理由があれば、基地内見学を許可してくれるに違いない。近いうちに、申し込んでみようかと思っている。
     

 記:ガジ丸 2007.3.24 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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