ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

扉の開いた墓から2003.12.12

2007年04月06日 | ガジ丸通信-科学・空想

 先週の火曜日、現場に出た。昼休み、近くの公園を散歩した。その公園の敷地は元々墓地だったようで、中には墓が点在していた。多くの墓は移設された後の空墓であったが、1ヶ所だけ、周囲が掃除されており、墓の前に花が活けられているのがあった。つい最近亡くなった人の墓なんだろうと思われた。しかし、どういうわけか、その墓の扉は開かれていて骨壷が顕わになっていた。よく見ると、その扉は開けられたのでは無く、何らかの理由で崩れ、倒れていたのだ。活けられた花の一部が、扉の下敷きになって押し潰されていた。思わず、拝む。「ジロジロ観て、ごめんね。成仏してね。」と祈る。
 面倒だと思い、倒れた扉を直すことはしなかった。それはまあ、おそらく普通のことである。ところが私は、ここで心にも無いことを口にしてしまう。「ごめんね。もし誰かいるのなら、今夜にでも知らせに来てね。扉は明日、直すから。」と拝んだのであった。むろん、その気は全然無い。いい子ぶりっ子なのである。

  家に帰ってから、そのことをすっかり忘れてしまう。忘れたまま11時過ぎ寝る。12時前に目が覚める。また寝る。10分ほどして目が覚める。また寝る。10分ほどして目が覚める。これを朝まで繰り返した。「寝やすい気温だっちゅうのに、何なんだ」と不思議に思うが、昼間の出来事を思い出さないまま起きて、いつものように仕事へ行く。
 職場へ着く前から違和感があった。両肩が異常に重いのである。それは、いつもの肩こりとは違う感覚があった。痛いという感覚であった。しかも、その痛さは日増しに強くなっていた。夜中目が覚めてぐっすり寝られない日もずっと続いていた。「いったい、どういうわけなんだ」と考えて、「あ、もしかしたら」と、墓のこと思い出したのだ。

 「早く扉を閉めに来てよ。」と、墓にお住まいの見えざる存在が来ていたのだ。肩の痛さから想像すると、それは1人ではない。2、3人が、私の肩に負ぶさっている。寝ている私をしきりにゆり起こすところをみると、彼らは遊び盛りの子供だ。「あー、そうだったのか。」と思いはしたが、その公園まで出かけるのは面倒だったので、その夜から、寝る前に「申し訳ない。扉のことはほんの冗談だったんだ。許してね。」と祈った。
 翌日から少しずつ肩の痛さは取れていき、夜中起こされる回数も少なくなった。祈りが通じたのか、起こしても遊んでくれないオジサンに愛想を尽かしたかしたのだろう。
          

 この話には続きがある。→『きっと優しい子供2003.12.19』

 記:2007.4.6 ガジ丸

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