ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

空手・未来のチャンピオン

2016年07月01日 | 沖縄02歴史文化・戦跡

 約1ヶ月前の6月4日土曜日、友人O夫妻の次男Kの結婚式があった。その披露宴に私も招かれ出席した。O夫妻は共に私の高校の同級生で、披露宴には他の同級生も呼ばれ、数日ぶりの1人、1ヶ月ぶりの4人、半年ぶりの2人、3~4年ぶりの2人、6~7年ぶりの1人、私を加え11人の同級生が1つのテーブルに集った。楽しかった。
 新郎の父Oが中心メンバーでもあったことから出席した同級生の多くは養老会(高校時代に発足し続いている飲み会、養老乃滝でよく飲んでいたからその名)のメンバーであった。40年以上の付き合いがある気の置けない面々だ。数年間ご無沙汰となっている養老会を復活しようという話も決まる。これからも付き合う仲間、楽しい集いだった。

 そうやって我々オジサンオバサンは勝手に自分たちの話で盛り上がっていたが、その日の主題、Kの結婚披露宴も賑やかであった。私の同級生たちが結婚ラッシュだった頃、その披露宴での余興には、おばさまたちが眉をしかめるような、今ならセクハラで訴えられかねない下品な余興もあったが、今時の余興は我々の頃よりずっと上品になっていた。新郎の友人達によるエイサーは上手で、新郎新婦を紹介するビデオも上出来であった。
     
 でも、その日最も私の目を引いた余興は友人O夫妻の孫Yの空手演舞、空手については素人の私だが、彼女の演舞はすごく上手であった。未来のチャンピオンだと思った。
 友人達とのユンタク(おしゃべり)が楽しくて、Y嬢の演舞をしかとは見ていない。私の席の正面の壁にスクリーンがあって、そこに映し出される映像が目の片隅にちらちら見えていた。そのちらちらが何回かあって「おっ!」と思って舞台の生の姿を見たが、それから数秒後に演舞は終わってしまった。したがって、写真も撮れなかった。
     

 空手については素人の私だが、「彼女の演舞はすごく上手」と評価した訳は、止まっている時の姿が安定していると感じたからだ。私が「おっ!」と思ったのもそれ。
 空手については素人の私なので、ちょっと調べてみた。『沖縄大百科事典』に記載がある。さすが沖縄伝統の空手だけあって説明文も小さな文字で4ページ半に及んでいる。
 空手の発生についてはいつ頃、誰が、どこでなど定説がないようである。中国拳法の影響があり、中国との交易時代に発生したであろうとのこと。現在、剛柔流、小林(しょうりん)流など流派はいくつもあるが、まとめて空手として世界的に発展している。
 私の母方の叔父が小林流の師範であり、父方の伯母の夫(故人)が少林寺流の開祖であった。私は武道にあまり関心が無いので、残念ながら、両方から空手に関する何の話も聞いていない。母方の叔父はまだ存命なので、今度話を聞きに行こうと思う。
     

 武道に関心の無い私であったが、テニスをやっていて膝を痛め、その回復のために若い頃の3年ほど太極拳を習っていた。武術の方ではなく演舞の方。師匠は美人の中国人、彼女は武術、演舞両方とも一流で、中国本国の大会で優勝歴もあるほど。師匠と弟子たちの間には言うまでもなく大きな開きがあった。美人師匠は見た目が美しいだけではなく、身体しなやかで、蹴り上げる脚は180度に開き、動きは素早く、時に緩やかに流れ、何よりも腰が安定していた。止まる時にはどんな形であれピタッと止まる。
 もちろん、Y嬢の演舞が美人師匠に匹敵すると言っているわけではない。ただ、まだ子供なのに姿勢が安定していることに感心した。安定した姿勢があるから素早い動きができるのではないかと、空手については素人の私だが思うのであった。Y嬢の安定した姿勢はおそらく、下半身の筋肉が強いからではないかと思う。何しろ彼女の母親も叔父さん2人も筋肉質、父親はバレーボールの選手だった。何より、Y嬢の祖父母(私の同級生のO夫妻)は恐るべき筋肉質肉体の持ち主、両者とも若い頃に空手を習っていた。
     

 記:2016.6.22 ガジ丸 →沖縄の生活目次

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