ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

ゥワーバグゥトゥ

2011年01月07日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 過日、現場作業に出た。その日の私の仕事は下請け業者が作業をしている間、作業員、及び通行人などに事故が無いよう見張る役。見張り役といっても、腕を組んで睨みを効かす監督のような立場では無い。何しろ、作業そのものが私の務める会社ではできない難しい仕事なので、お願いしてやってもらっている立場。気を配る立場。
 そんな中、下請け業者のトラックがロープを引き摺りながら走りだした。私は気を利かせ、トラックに素早く走り寄り、そのロープをさっと外し、道路の端、邪魔にならない所に置いてあげた。ところが、トラックは数メートル走ったところで止まり、運転手が出てきた。運転手は無表情のまま、私が外したロープを拾い、再びトラックに引っかけて、走り去った。ロープを引き摺って走る何らかの理由があったみたいである。
 運転手は若い男で、オジサンの私には文句が言えなかったのだろうが、文句を言われてもしょうがないことを私はやったようである。そのような行為、「余計な事」とヤマトゥグチ(倭語)では言うが、ウチナーグチ(沖縄語)ではゥワーバグゥトゥと言う。

 良かれと思って行った行為が、結果的に迷惑なこととなる。ゥワーバグゥトゥとはそのような行為も言い、「ゥワーバグゥトゥサンケー」(サンケーは「するな」という意のウチナーグチ)と、子供の頃よく父に怒鳴られていたので、私にはよく身に染み付いている言葉である。身に染み付いているけれど大人になった今でもたまにやってしまう。
 私はけしてお節介な人間では無い。むしろ、他人は他人、自分は自分と冷めているタイプである。でも、前述のように気を使わなければいけない立場に立った時などにはゥワーバグゥトゥをやってしまう。ただ、そういう立場は滅多にない。で、「たまに」だ。

 自分のために良かれと思って行う行為が、結果的に裏目に出たような場合にもゥワーバグゥトゥは、たぶん使える。他人のために良かれと思って行う行為は「たまに」しかないが、自分のために良かれと思って行う行為は頻繁にある。頻繁の中には裏目に出るようなこともある。私は時々そのようなゥワーバグゥトゥをしている。
 その一例になるが、三週間前からとても面倒なゥワーバグゥトゥをして、おかげで、絵を描いたり、音楽作ったり、物語書いたりする時間を奪われている。そのゥワーバグゥトゥ、ここに書くほど面白い話では無いので詳しくは述べないが、HP記事のタイトルを訳があって一部変更した。一部が他にも影響を与えたので、全部変更する羽目になった。記事は1000ほどもある。その全てのタイトルを変更する。とても時間のかかる面倒な作業だ。しかも、どうしても必要な事では無かった。まさしくゥワーバグゥトゥ。

  もう一例、私の自給自足芋生活のために借りている畑にはトイレが無い。ただ、敷地の角の一か所が、枝の茂っているゲッキツに遮られて死角になっており、そこをトイレ(立ちションということだが)にしていた。ある日、そこで立ちションしていると、ゲッキツの枝が首元に当たった。「えーい、鬱陶しい!」と私はその辺りの枝を切り落とした。すると、ゲッキツの形が崩れた。で、本格的剪定作業をして樹形を整えた。
 ゲッキツはスッキリと良い形になった。が、隠れ枝が無くなって、立ちションのできる場所が無くなってしまった。お陰でトイレは、徒歩片道2分のコンビニか、徒歩片道5分のスーパーまで行かなければならなくなった。これもまさしくゥワーバグゥトゥ。
 「隠れ枝を切る」とは、「墓穴を掘る」とか「自分で自分の首を絞める」とかと同様の意味で将来使われることになるかもしれない。私の場合だけだが。
     

 記:ガジ丸 2010.2.23 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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