ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

一人だけど独りじゃない

2016年04月08日 | ガジ丸通信-その他・雑感

 2016年2月12日付沖縄の動物『イチジクヒトリモドキ』の記事の中で、「私は1人かもしれないが、独りではない」と書いたが、その意味するところは、1人暮らしで、仕事場(畑)も1人で、日常の概ねは1人でいることが多いのだが、けして孤独ではないですよということ。門を叩けば開けてくれる友人知人親戚が私には多くいる。
 『イチジクヒトリモドキ』でも書いたが、私は日常ほとんど口をきかない。例えば先月3月の1ヶ月間、私が誰かと話をしたのは、近所の先輩農夫Nさんと6回、友人の脱サラ八百屋Kと1回、友人Oの店へ行って3回、畑を訪ねてくれた友人G夫妻と1回。全部足しても4時間に満たない。1ヶ月でたったの4時間、そのうち言葉もしゃべり方も忘れてしまうのではないかと心配になるくらいだが、それでも私は、孤独では無い。門を叩けば開けてくれる、それだけで十分、私は私の傍にいつも人の心を感じられている。

 「一人だけど独りじゃない」と思う理由はもう1つある。
 1年以上かかったブログ移動、及び修正の作業中、記事をいちいち読んではいないが、そのタイトルを見て、だいたい何について書いたかは覚えていた。その際、気付いたことがある。2007年3月30日付ガジ丸通信『病を運ぶ夜の鳥』の中で「私は、幽霊、マジムンの類を見たことがない。で、それらの存在を信じてはいない。であるが、いろいろ不思議体験をしているので、そういったモノたちが、ひょっとしたらいるかもしれないとは思っている」と書き、不思議体験を少し紹介している。その時はその不思議体験が何かの知らせなんて思わなかったが、それは母の危機の知らせだったかもしれない。
 母が検査入院したのは2007年4月初め、その母が不治の病で余命1年と医者から告げられたのは同月20日。その2ヶ月余前に私は『病を運ぶ夜の鳥』で書いた「悪いことが起きるぞ」と暗示する内容の不思議体験をしていた。特に、「朝飯食っている時に食物が喉を通り辛いのを感じる。飲み込む時に鈍い痛みも感じる」とも私は書いている。母は強皮症で、喉から食道の筋肉が固まって物が飲み込めないという症状だということを後日知る。今更ながら、「あー、母の病を知らせるお告げがあったのだ」と思う。 
 『病を運ぶ夜の鳥』の翌週のガジ丸通信『見えざる存在』にも引き続いて不思議体験関連のことを書いている。「先々週、部屋の中で、霊か何か判らないモノが運動会をしていて、煩くて(音を立てていたわけでは無い、雰囲気が何か煩く感じた)、夜中何度も目を覚まして、寝不足となる日が何日もあった。そのワサワサ感は三週間続いた。今は治まっている。」とある。「今は」の今は4月6日、母が入院し、検査している頃だ。
          

  2007年3月30日の週一日記「夜は部屋で運動会」でも同じワサワサ感について書いている。私はそのワサワサを「怖いモノ」でなく「煩いモノ」と捉えている。そう、目に見えないモノたちがいたとしても、それらはちっとも怖い存在ではない。
 「一人だけど独りじゃない」のもう1つの意味はつまり、目に見えない何モノかが私の周りにいるということ。たぶんそのお陰で、私は1人でいても孤独を感じないのだと思われる。私は寝る時、真っ暗で無音を好み、そんな環境だとぐっすり眠られる。なので、目に見えない何モノかが少しならいいが、たくさんいると「煩い!」となる。母の危機を告げるワサワサであっても私は煩いと思うだけなのだ。無駄だから止めなと言いたい。
          

 記:2016.4.8 島乃ガジ丸

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