ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

車社会

2011年01月06日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 二ヶ月ほど前のある日、スーパーで買い物を終えて、そこの駐車場から出ようとしている時のこと、すぐ前を別の車が走っていた。出口はまだ数メートル先であったが、その車が急に止まった。駐車場内なのでゆっくり、時速にすると10キロメートルくらいの早さだったし、車間距離も十分あったので、急に止まってもぶつかることは無い。しかしその車、何を血迷ったか、そのままバックしてきた。
 車間距離約3メートルが2メートルほどになって、私も慌てる。右手で激しくクラクションを鳴らし、左手で、念のためギアをバックに入れる。幸いにも、前の車の運転手も危険に気付いたようで、車間距離50センチほどの所で止まった。ホッとする。
 後を振り返った運転手は爺さんだった。クラクションの音に対する反応の鈍さからそうであろうとは想像していたが、さほどの歳では無い。60代半ばか、少なくとも70代には至っていない。その爺さん、照れ笑いなのかしらないが、ニヤニヤ笑っている。
 私の車の右手に空いた駐車スペースあり、彼はそこへ駐車するつもりのようだ。右手窓から駐車スペースばかりを見て、真後ろにいる私には気付かなかったようだ。
 そこで、私としては、爺さんが車を前に寄せて、私を通してから駐車すれば良い、それが普通だと思ったのだが、爺さんはバックする態勢のままである。どうやら、ニヤニヤ笑っているのは「悪いな、後に下がってくれ。」という意味みたいである。「もみじマークも付けていないし、もみじマークを付けるような歳じゃ無ぇと自分でも思っているのだろう。甘えるんじゃ無ぇ!」と言いたかったのだが、私の車は既に、ギアがバックに入っている。腹は立ったが、そのままアクセルを踏んだ。

 75歳以上の運転者に、もみじマークが義務付けられた。それが妥当かどうかという議論がニュースやワイドショーでされていた。私は、75歳が妥当かどうかは分らないが、運転に多少の不安がある人はもみじマークを付けた方が良いと思う。前を走っている車の運転手が年寄りで、運転に多少の不安があると分れば、こっちも気をつける。

 沖縄には鉄道が無い。数年前にモノレールができたが、路線が短いので恩恵に与る人は少ない。道路が渋滞するのでバスはなかなか定時運行ができない。沖縄の真夏の炎天下を歩くのは辛い。よって、ウチナーンチュは移動の際にマイカーを使う。
 そういったわけで、沖縄は戦後からずっと車社会である。統計を調べてはいないが、運転免許取得率、沖縄はずっと上位にあると思われる。
 戦後、こぞって運転免許を取得した大人たちは今、既に他界しているか、または、75歳以上の、もみじマークを義務付けられている後期高齢者である。そして、沖縄の年寄りたちは概ね元気である。75歳以上の運転手、沖縄には山ほどいる。

  私の住まいの近くに、沖縄県の総合福祉施設がある。親のいない子供、親に育てる力の無い子供、子供のいない年寄り、子供に扶養する力の無い老人たちが暮らしている。その施設の一角に、かりゆし長寿大学なるものがある。私の母も長く通っていた。
 「私、長寿大学に通っているよ。あんたのアパートの近くだよ。」と自慢げに語っていたのを思い出す。その大学へ通う人たちは、その名の通り、お年寄りである。沖縄の年寄りは概ね元気である。母もそうであったが、車で通学する人が多い。
 私のアパートから表通りに出るまでの約500mは、対向車が互いに徐行しなければすれ違うことのできないような狭い道である。そんな道を年寄りの運転する車がよく通る。昼飯食って職場へ戻る時、そのノロノロ運転のお陰で、私は時々遅刻する。であるが、遅刻なんかどうでもいいのである。そもそも、ノロノロ運転があることを想定して、2、3分早く家を出れば良いのだ。安全第一である。非は私にある。
 沖縄は車社会である。車がないと不便な生活となる。オジー、オバーでも車を運転するのは普通だ。ノロノロ運転の車にもみじマークがあれば、腹も立たない。
     

 記:ガジ丸 2008.6.27 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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