ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

マチヤグヮー

2010年12月31日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 私が子供の頃、近所に泊マーケットという小さな市場があった。魚屋、肉屋、八百屋、靴屋、衣料品店など、それぞれ小さな規模で10店舗くらいが一つ屋根の下にあった。駅前商店街のごく小さなものといった感じで、子供の目から見ると、いろんなものがいっぱいあって、なんとなくワクワクするような場所であった。そこもしかし今は、時代の波に飲まれて、どこにでもあるようなスーパーマーケットに変わってしまっている。
 泊マーケットは家から歩いて5分ほどという近い場所にあるのだが、そこで買い物をするということは滅多に無かった。日常の買い物は、家から歩いて30秒の場所にある商店で概ね済ませていた。そこは、ウチナーグチ(沖縄口)でマチヤグヮーと呼ばれるもの。マチヤグヮーとは町屋小と書き、今で言うコンビニエンスストアーみたいなもの。八百屋であり、酒屋であり、缶詰、お菓子などの食料品店であり、日用雑貨、文具などを置いてある雑貨屋でもあった。肉、魚(これらは精肉鮮魚店が扱う)も少しは置いていた。

 今は引退しているが、私の伯母は長い間、マチヤグヮーを営んでいた。遊びに行くとお菓子やジュースをくれたので、私はそこへ行くのが大好きだった。高三から浪人の頃にかけて私は、伯母の店の近くで一人暮らしをしており、伯父の仕事(プロパンガス配達)の手伝いをしつつ、まれにだが店番を手伝うこともあった。私が運転免許を取ると、農連市場への買出しにもかりだされた。朝4時頃に出かけ、新鮮野菜を仕入れるのである。
  伯母の店は、いろいろな商品を売る場所でもあったが、近所の人々のユンタク(おしゃべり)場所でもあった。ウチナーンチュは井戸端では無く、マチヤグヮーで会議をするのである。どこの誰と誰がくっついたの離れたなどの噂話をするのである。
 伯母の店にはカケ帳と呼ばれる帳面があった。誰かが何かを買い、その代金を支払わない場合、伯母はそれをカケ帳に記した。いわゆるツケなのである。そうすることで人々は、お金が無くても、生きていくのに必要な食料品、その他の日用品を手に入れることができたわけである。溜まったツケは、給料や年金が入ってから一括で支払われた。戦中戦後の悲惨な時代を生きてきた人々は、何よりも命が大事という価値観を共有し、お互いが助け合って生きていくものとして、カケ帳のようなシステムを作り出したのであろう。
 そんな心優しいマチヤグヮーではあるが、これもまた時代の波に飲まれて、今はだいぶ少なくなってしまった。スーパーではツケは効かないし、レジでユンタクはできない。
     

 記:ガジ丸 2006.3.11 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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