ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

命の消える瞬間

2007年05月11日 | ガジ丸通信-科学・空想

 今まさに命の消える瞬間に、今朝、遭遇した。
 彼、または彼女の最後は、2004年12月17日、午前7時55分。さっきまで元気だったのに、何の前ぶれも無く、急に逝ってしまった。まだ、6、7年の若さだった。

 秋、冬、春の涼しい時期(概ね10月から4月)は毎朝、寝起きが悪い。だるいというわけでは無いが、何しろ眠くてしょうがない。目が覚めてから、体が起きるまでに15分くらいを要する。覚めたら先ず、テレビのスイッチを入れ、人の声を聞き、脳を動かし、起きる準備をする。
 テレビはたいてい8チャンネル、東京ではフジテレビ。沖縄でも8チャンネルはフジテレビ系列となっている。朝は「目覚ましテレビ」、大塚さんとアヤパン(女子アナのあだ名、本名は何だっけ)の声を聞きながら、私の一日(土、日以外の)は始まる。

 アヤパンが「次は今日のワン公」と言ったその時、悲劇が起きた。それは一瞬の出来事だった。私の両手は布団の中だったので、リモコンには触れていない。にも関わらず、テレビが勝手に消えた。それまでに何の不調も訴えていなかったテレビが急に切れた。あれこれ触ってみたが、画面は黒いまま。昔のテレビでよくやっていたようにあちこち叩いてみたが、ウンともスンとも反応は無し。
 テレビという機械が壊れる、まさにその瞬間を私は目撃したわけだが、そんなことはこれまでに無かったことだ。機械が壊れるときには、「私はもうすぐ壊れますよー」って何らかのサインがあった。つまり、壊れるときもアナログ的に壊れていった。ところがどうだ。このテレビ、壊れるときも今風に壊れちまった。何ともデジタル的なのだ。1か0かで、一瞬で0になっちまいやがった。
 それより少し前に、買ってから2年しか経っていないDVDプレイヤーが壊れた。これも急に壊れた。ある日、何の前ぶれも無く壊れていた。デジタルで死んでいた。
 昔の機械はそうでは無かった。今は親戚の家に置いてある私の前のテレビは、20年ほどの歳になるがまだまだ元気。たぶん、彼はその最後もきっと、死のサインを出しつつ徐々に、アナログで死んでいくのだろう。

 刀で切られた人で即死は少なかろう。鉄砲の弾でもそうだと思う。爆弾だと即死することが多いのだろうな。原爆ならなおさらのこと。武器の進歩(人殺しの道具に進歩って言っていいのかと疑問に思いつつ)は、人間の死もデジタル化しているのかもしれない。

 記:2004.12.17 ガジ丸

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