ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

要らんシワ

2009年04月24日 | ガジ丸通信-その他・雑感

 世の女性の多くはシワを気にし、「シワなんて要らん」と思っているようだが、長い人生を経て刻み込まれたシワには魅力があると私は思う。たくさんの喜びや悲しみを経験した跡、深慮を繰り返した跡がそこにあり、そういったシワのあるお年寄りを見ると、恵み多き大地のような安心感を得られる。私もそんな顔になりたいと思う。
 私の父もシワはたくさんある。父親に対する息子の目は概ね厳しいので、父のシワが魅力的であるかどうかについては「それほどでも」と思っているが、しかし、もちろん、私に比べるとはるかに多くの喜怒哀楽を経験していることは言うまでもない。

 月に2回ほど実家へ行って、父にパソコンを教えている。手指の運動とボケ防止を兼ねて、今年2月頃からはワードを使って自伝を書いてもらっている。
 自伝は前回(4月11日)、母との結婚が決まるまで話が進んだ。「自分の家は小作農の貧乏で、相手の家は商家の金持ちであった。そのため、相手の両親に反対されたが、何度も頼みに行って、二ヵ月後にやっと承諾された。」とのこと。
 父の話は「自分は頑張った」という内容が多い。中学受験に合格した話もそう。中学とは旧制一中(現首里高校、なので、私の大先輩になる)のことで、一中といえば当時、最も優秀で難関校であった。貧乏人の息子が猛勉強して入ったとのことだ。
 結婚についても自分が頑張って、やっと承諾を得たということだが、頑張った話だけされても読んでいる方は面白くない。で、「何か失敗したとか、苦しかった話、悲しかった話は無いのか?」と訊くと、「そんなこと書く必要は無い。」との答え。

 それは確かに父の言う通りなのである。誰のための自伝かというと、父のためである。何のための自伝かというと、父の記録であり、他人に読ませる目的では無いのである。父が書きたくないことは書かなくても良いのである。
 さらに言えば、父の話が正確であるかどうかや、真実であるかどうかなども、実はどうでもいいことなのだ。「こんなだったら良かったのに」という願望の混じったフィクションでもいいのだ。父の願望も夢も嘘も全て父の記録だ。父の自伝の、私が考える大きな目的は只一つ、『書くこと』であり、その他のことは付録に過ぎない。
 そう私は思っているので先日、姉が「父さんの自伝、皆に読ませるつもりなの?」と問われても、皆が読むかどうかはどうでもいいことであり、「父さん、本当の事は書きたくないと思うよ。」と言われても、それもどうでもいいことなのである。「要らんシワさんけー。」と、口には出さないが、思うのである。

 「要らんシワさんけー」はウチナーグチ(沖縄口)、表題の「要らんシワ」のシワは、実は、顔の皺のことではなく、このシワのこと。シワは「世話」のウチナー読みだが、意味としては「心配」に近い。で、「余計な心配するな」ということになる。
 「ずっと独身だと老後寂しいよ。」と言われ、「その時はその時だ。」と答える。「禿げた爺さんに相手はいないよ。」と言われ、「禿げていなくても同じだ。」と答える。私は妄想している。魅力的な皺を刻んだ渋い爺さんになって、モテている自分を。生きているかどうかも分からない20年後のことだ。「要らんシワ」は要らん。
          

 記:2009.4.24 島乃ガジ丸

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