ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

ウチナーグチが普通

2014年06月13日 | 沖縄02歴史文化・戦跡

 私の畑なっぴばるの向かいは森になっていて、道路沿いに墓があり、2ヶ所に登り道があって、その道を登っていくとその奥(道路から30mほど)にも墓がある。よって、シーミー(清明祭)の頃になると、毎週末、墓参りの人々がやってくる。
  その頃のことだから今(6月8日)から1ヶ月半ほど前のこと、道沿いの墓の一つの傍にあった大きな枯れ木(たぶんリュウキュウマツ)が倒れた。そして、その枯れ木から20mほど離れたもう一つの墓の傍にあった枯れ木(たぶんアカギ)が5月下旬(たぶん25日頃)に倒れた。それら2本の枯れ木にはサシバやミサゴやカラスなどがよく停まっていたので、私のバードウォッチングの良いポイントであった。残念である。
     
     
     

 今週日曜日(6月8日)、前夜の天気予報では「未明まで雨、日中は曇り」だったので 畑へ行った。向かう道の途中から小雨が降り出し、畑へ着いても小雨は止まなかった。止むのを待つか帰るか悩んで一服していると、向かいの墓の手前に1台の車が停まり、雨の中、男性が1人降りて墓へ入った。この辺りは立ちション所なので、「墓の中で小便かよ、罰当りな奴」と早合点してしまったが、違っていた。5月下旬に倒れた(たぶんアカギの)大木はその墓に横倒しになっていて、男性はそれを眺めていた。
 それから数分もしないうちに大きなユンボ(バックホウ)がやってきて、墓の前で停まった。運転手が降りてきて、私の畑に入って、 畑の奥にある小屋に向かって歩いてきた。用件は察しがついていた。その日私は、ひょっとしたらすぐに帰るかもしれないと、車を駐車場に入れず路駐していた。おそらく、私の車が作業の邪魔になるのだ。
     
     

 私はすぐに立って、彼を見た。彼も私を見て、そして、大声で言った。
 「ウヒグヮー、車メェーンカイ、ユシティトゥラサンガヤー」と。ウチナーグチ(沖縄口=沖縄語)だ。「ちょっと、車を前に、寄せてくれないか」という意味。
 私は手を挙げて、肯いて、「分かっている よ」と合図し、戸締りをして、傘を差して車に向かった。荷物を車に入れて、そして、ユンボの運転手に訊いた。
 「倒れた木を片付けに来たの?」と、彼は肯いて、
 「いつ倒れたのかなぁ、知らなかったなぁ。」
 「2週間ほど前だったよ。」などと少し会話した。
 この時、彼は標準語。相手が標準語の場合は、そうするみたいである。私がウチナーグチで話したら彼もそうしたに違いない。ウチナーグチ、話そうと思えば何とかできないことは無いと思うが、間違いなく話せるという自信は無い。残念に思う。

 数ヶ月前、近所の大先輩農夫89歳N爺様と、爺様の畑の前の道端で話をしていると、中年(といっても、私よりひと周りは年下)の男性が声を掛けてきた。現場関係らしい服装の人。数ヶ月も前のことなのでどう言ったかは正確に覚えていないが、
 「ハイサイ クヌアタインカイ オナガグシク ヌ アンシチチョビーシガ・・・」と道を尋ねた。相手が年長者のN爺様なので丁寧なウチナーグチだった。「こんにちは、この辺りに 翁長城 が あると聞いていますが・・・」といった意味。
 N爺様はもちろん、ウチナーグチで応対し、彼と数分の会話があった。私より若い人が流暢なウチナーグチで爺様と話しているのを聞いて、羨ましく思った。
 N爺様は、私と話す時は標準語だが、私の畑の北隣のSさん、南隣のTさん、斜向かい(N爺様の南隣)のNさんたちと話をする時は互いにウチナーグチのことが多い。
 言い訳するが、私の世代は「方言を使ってはいけない」と教育されていたし、私は那覇で育っており、那覇は沖縄の都会であり、都会の子供たちは日常会話でウチナーグチをほとんど使っていなかった。ウチナーグチは不良の言語だった。

  Sさんは私より少し上、Nさんは半周り上、Tさんはひと周り上の人、そして都会の育ちではない。ということで、彼らがウチナーグチを普通に話せてもおかしくない。だけれども、私より1世代下と思われる翁長城への道を尋ねた男性がウチナーグチを流暢に話している。そういえば、ユンボの運転手も私よりひと周りは年下のようであった。その年代の人でも声を掛ける時、先ずはウチナーグチなのだ。ウチナーグチが普通なのだ。
 「田舎なんだな、西原は」と思った。彼らは子供の頃からウチナーグチが日常にあったのだ。あるいは、「自分たちの言葉に誇りを持ち、大事にしなさい」と教育する偉い人が周りにいたのかもしれない。そんな人が私の周りにいなかったことを残念に思う。
 永い歴史を持つ言語、先祖から代々受け継いできた言語、それは、そこに生まれ育った人の拠り所となるものと言って良いと思う。大地のようなものだ。「大地が貧しければ作物も貧しく育つ」ことを、まだ見習いとはいえ農夫の私は知っている。「よしっ!」と改めて思った。「いつか、近所の人たちとウチナーグチで会話してやる」と。

 記:2014.6.9 ガジ丸 →沖縄の生活目次

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