ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

幸せ寿命

2015年09月18日 | ガジ丸通信-社会・生活

 友人の脱サラ農夫Tの父親は、私の畑なっぴばるの近くで畑をやっている。私の家からなっぴばるまで車で10分、Tの家からだとそれよりほんの少し近く、Tと同居のTの父親は歩いて畑へ行き来している。片道1時間くらいかかるのではないだろうか。
 先日、Tに訊いたら、親父さんは87歳になるとのこと。とてもその歳には見えない。元気だ。出勤途中の親父さんをたまに見るが、リュックを背に、時には他の荷物をかついでひょこひょこ歩いている。小柄だが筋肉質であることが後ろ姿から判る。
 Tも小柄だが筋肉質の体をしている。若い頃は筋肉質であることが見た目で判った。今はしかし残念ながらメタボである。ブヨブヨしたお腹をしている。小柄であったが、Tは女にモテた。高校の頃から彼女がいて、以降ずっと彼の周りに女がいないという状況は無かったはず。あれこれ相手が代わって結婚し、結婚後は浮気をしていない、はず。

 Tは浮気をしたことがない、という話ではなかった。メタボのT、その大腸に癌が見つかった。早期発見の癌はまだ小さく摘出手術をすれば治るとのことで、「近い内に手術する予定」とのこと。「治る」とのことで私も一安心したが、後日、そのことを共通の友人Oに話したところ、「手術は命を縮めるだけ」とOは言い、そういった内容が詳しく書かれている本を「Tに読ませよう」となって、数日後、その本がTに渡った。
 さらにその数日後、Tに会うと、「開腹手術は止めることにした。Oから借りた本の内容は俺の考えと一致するところが多かったよ」とのこと。
 「長生きの家系なんだから、手術しなければあと5~6年は元気だろう」
 「あと1年半元気でいられればいいんだ、末娘達が高校を卒業するまでだ」
 「それは楽勝だろう。双子の娘2人が成人するまで3、4年だろう?それだって十分いけると思うよ」と私は言い、口にはしなかったが、「元気で楽しく生きて、幸せを感じていたら、癌も自然消滅するかもしれないぜ」と思っていた。科学的根拠は無いが、私の考えは、「癌は頻繁に発生しているが体の免疫細胞達がそれをやっつけてくれている。体の免疫細胞達が元気であれば多少の癌は怖くない、彼らが治してくれる。元気で楽しく生きて、幸せをたくさん感じていれば免疫細胞達は元気でいられる」である。
          

 「幸せを感じる」はまた、別の意義もある。私は、肉体的寿命の他に「幸せ寿命」というものが人にはあると思っている。子供が生まれた時、我が子に願うのは、「金持ちになれ」、「偉い人になれ」という人もいるだろうが、多くは「幸せになれ」だと思う。
 Tは親の願い通り幸せになった。「あと1年半でいい」と言うTの言葉は「今まで十分幸せだったよ」という思いの表れだと思う。まあ、Tの顔を見るとあと20年は生きそうなのであるが、彼はもう既に「あなたの幸せ寿命は長命でしたね」と評価されるはず。
 幸せ寿命は肉体の寿命とは別である。太ったオバサンが「痩せたい」と言いつつケーキを食う。顔色の悪いオジサンが「肝臓が不安」と思いつつ酒を飲む。それらは肉体寿命に悪影響を与えることであっても、そこには「幸せ時間」が存在する。
 そういえば、Tは親父さんが家の中で煙草を吸うことを禁じているらしい。「煙草くらい家の中でゆっくり吸わせろよ、リラックスが煙草の効能だ、それで親父さんの幸せ寿命が長くなるのであれば、多少の煙草臭さは我慢しても良かろう」と私はTに言いたい。
          

 記:2015.9.18 島乃ガジ丸

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