ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

僧三句の空

2007年05月11日 | ガジ丸通信-文学・美術

 一昨年のことなので、記録はパソコンにある。開いて調べた。5月であった。だから、約1年半前のことになる。ある才色兼備の若妻に「私がお勧めする映画」と、「ショーシャンクの空に」を紹介された。だがその時、映画のことよりも先に、美人若妻のことよりも先に、“しょうしゃんくのそら”と聞いてすぐに私の頭に浮かんだのは“僧三句の空”という文字であった。そして、“僧三句の空”からすぐに一人の俳人が連想できた。
 今日(2005年1月22日)、図書館へ行ったら、1年半前から借りようと思っていた(「ショーシャンクの空に」とは別の)ビデオをやっと借りることができ、そしたら、同じ1年半前の「ショーシャンクの空に」を思い出して、ついでに“僧三句の空”をも思い出したのである。

 山頭火は何度も旅に出ている。ひたすら歩く。人力で歩く。だから、たくさんの自然を感じただろう。水も草木も、風も虫も、そして、空もたくさん感じただろう。ならば、旅の僧が空を感じて読んだ句が三句(注1)くらいはあるであろう、であるならば、私の発想した“僧三句の空”は話が成り立つ。部屋には山頭火の句集は無いが、デパートでの展示会の際の資料がある。調べた。あった。話は成り立った。めでたしめでたし。

 乞食坊主が托鉢をしながら旅をする。旅の途中途中で空を見上げる。一句浮かぶ。

 まったく雲がない笠をぬぎ

また、歩いては、また、立ち止まり、また、空を見上げ、また、一句浮かぶ。

 晴れて風ふくふかれつつ行く

大地に映る我が身の影を見るだけで空を知ることもある。そして、一句浮かぶ。

 炎天をいただいて乞ひ歩く

 大学の卒論の私のテーマはその山頭火。それまで山頭火をほとんど知らなくて、その作品を読んだことも無かったのだが、卒論提出のちょっと前(2~4ヶ月前。展示会のあったのは資料が残っていて10月の終わりと判るが、卒論提出が何月だったかを覚えていない)にデパートで種田山頭火展というのをやっていて、たまたま観た。
 初めて知る山頭火の俳句も面白いと思ったが、酒飲みで、酒の席で失敗を繰り返したという点で好きになり、卒論の材に選んだ。「酒飲みならば、その心情は俺にも理解できるだろう。」と踏んだのだ。若造のくせに酒飲みの心情が解るなんて全く甘い考えなのだが、若造はいかにもウチナーンチュだったので、何とかなるさと思ったのだった。

 注1:じつは、もっとあるだろうが、私は山頭火の句集を1冊も持っていない。図書館から借りた句集を数冊読み流し、彼の日記を1冊だけ買って、それで、卒論を書き上げた。教授に細かいところをつっこまれて、しどろもどろになったが、太平洋戦争体験者の教授は沖縄への同情が深く、で、何とか合格点をいただいた。ありがとうございました。
 上に挙げた三句は、展示会の資料に載っていたもの。山頭火の句には他に
 分け入っても分け入っても青い山
 うれしいこともかなしいことも草しげる
 ほろほろ酔うて木の葉ふる
 どうしようもないわたしが歩いている
 うしろ姿のしぐれてゆくか
などなどがある。五七五の字数、季語にとらわれない自由律俳句といわれているもの。

 記:2005.1.22 ガジ丸

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