ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

観せる唄

2014年03月07日 | ガジ丸通信-音楽・映画

 先週火曜日(2月25日)、『めぇみちおむすびLive』と銘打って、宜野湾市大山にある飲食店「めぇみち」で20名様限定のライブがあった。ライブの演者は純名里紗ボーカル、笹子重治ギター。純名里紗を私は知らなかったが、笹子重治は一流のミュージシャン、純名里紗も後で調べたら、宝塚歌劇団の元トップスターであった。
 一流どころの2人が「めぇみち」という小さな店で、たった20名しかいない客の前で演奏する。「めぇみち」の女将Iさんは私の古くからの友人で、10年程も前になるか、彼女に誘われてショーロクラブのライブを聴きに行った。笹子重治はショーロクラブのメンバーだ。その時にIさんから「笹子さんのファン」であることを聞いている。ファンから親しい付き合いになって、その縁から小さな店ライブの実現、かと思った。
  ライブ当日、演奏が始まる前に「そうなの?」とIさんに訊くと、そうではなかった。その日店の手伝いにも来ていたが、「めぇみち」で使っている食器の多くを制作している陶芸家のHさんという女性とIさんが友人で、Hさんと純名里紗が幼馴染で親しい間柄という関係から、「めぇみち」という小さな店でのライブが実現したとのこと。
          

 演奏が始まってから、純名里紗からも「めぇみち」との縁が語られた。陶芸家のHさんとは同じ兵庫県で幼馴染、長じて以降も親しくしている。純名里紗は2011年3月11日の大震災に大きな衝撃を受け、その時に心を癒されたのがショーロクラブの音楽で、それ以来、いつかは笹子さんと一緒に音楽をやりたいと願っていた。
 陶芸家のHさんは18年ほど前に沖縄に移住し、ほどなく「めぇみち」のIさんと親しくなった。Iさんは笹子重治の古くからのファン、IさんとHさんはとても親しく、Hさんと純名里紗もとても親しく、これは私の想像だが、「笹子さんはとても気さくな人、優しい人」という情報がIさん→Hさん→純名里紗に伝わり、純名里紗は思い切って笹子重治に告白し、OKを貰い、一緒にやるようになった。そして、気さくで優しい笹子と純名は出演料も少ない小さな店でのライブを、「喜んで」となったのであろう。

  めぇみちでのライブ、3曲目をマイクを外し生で歌った純名里紗が、「マイクの方がいいですか?」と訊いた。彼女の目の前にいた私がそれに「マイクは無い方がいいです」と応え、その後、数曲を生で歌い、再びマイクを通して1曲歌った後、彼女は「どっちがいいですか?」と再び訊いた。それにも再び私だけが「私は、無い方がいいです」と応えたが、「私は」と強調したことを彼女はすぐに理解し、「マイク無い方が良いと思う人」と客達に挙手を求めた。圧倒的多数だった。前半7曲ばかり歌って、15分ほどの休憩の間にマイクスタンドはステージから消えた。よって、後半は全て生唄、生ギター。
 純名里紗は美人で、胸は出て、腰はくびれているスタイルも良いイイ女なのだが、生ギターの音がとても良くて、演奏中、私は美人では無くギターばかりを主に見ていた。「ギターばかり見ていたカウンターの人、何者?」と純名里紗が言っていたと、翌日Iさんから聞いた。「だよな、男なら美人を見るべきだ、ホモと思われたかなぁ」と反省。
 しかし、私は彼女を時々「観て」はいた。彼女の歌う唄は私にとってあまり魅力は無かったが、彼女の動作と表情には魅せられた。唄を、その歌詞と曲だけでは無く、動作と表情でも表現していた。「唄にはこういう表現方法もあるんだ」と認識させられた。
          

 記:2014.3.7 島乃ガジ丸

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 幸せな分身、真迦哉 | トップ | 風上に置けぬもの »

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。