ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

だからよー、何でかねー

2016年10月28日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 静岡出身の義兄は、姉と結婚(40年程前になるか)後、たびたび沖縄を訪れている。その義兄がまだ沖縄に慣れていない頃、「だからよー」、「何でかねー」というセリフがウチナーンチュの口(特に従姉)からよく聞かれることから、

 例えば、H子(その従姉)の店にコーヒーを飲みに行ったんだけど店が開いていない。閉店日でも無いし、開店時間も過ぎている。少し待っていたらH子がやってきた。
 「H子、遅いよ、もう開店時間を過ぎているよ」と文句言ったとする。すると彼女は、
 「だからよー」で済ませる。
 例えばもう1つ、H子にコーヒー頼んで、それがぬるかった時、
 「H子、このコーヒーぬるいよ」と文句言ったとする。すると彼女は、
 「そうねー?何でかねー」で済ませる。
 「だからよー、何でかねー」はウチナーンチュの特徴の1つだ。責任転嫁だ。

 とのこと。「責任転嫁」と言う義兄の意見に私は大いに賛成する。自分が遅刻しようと思って遅刻しているのではない、自分がぬるいコーヒーを出したいと思っているのではない。何か目に見えぬ力がそうさせていると言っているみたいなもの。
     

 先週先々週とケンカの際に使われる言葉『タッピラカス』、『タックルス』について書いたが、その中では他に「死ナスンドー」、「クルスンドー」などのケンカ常套句を紹介している。「死ナス」は「殺す」で、「クルスン」は「殴る」の意である。
 同じく、先週先々週の記事『タッピラカス』、『タックルス』の中で紹介しているが、ケンカ言葉は「死ナサリンドー」、「クルサりンドー」と受動態で使われることも多い。「死ナサリンドー」は「殺されるぞ」で、「クルサりンドー」は「殴られるぞ」という意になる。誰が?と言うと「お前が」、誰に?と言うと「俺に」ということだが、もしかしたらこれも、ウチナーンチュの責任転嫁で、誰に?は「俺に」ではなく、「何か目に見えぬ力によって」ということかもしれない。現実には「俺」が殴るのだが、それは神の思し召しであり、「天に代わって成敗してくれる」というつもりかもしれない。

 「だからよー」は時に「だっからよー」とも発音される。「だっからよー」には「ホントに、実に、誠に」といったニュアンスが含まれる。いずれにせよ、「何でかねー」も含めて「誰が悪いのか知らないけど」といったスットボケタ言いようとなる。
 音程で表すと「だからよー」ミミファレー、「何でかねー」はドドミドレー、「だっからよー」はミ、ミファドーみたいな感じ。これはそのまま歌になる。
 何でかねー だからよー
 何でかねー だっからよー
 遅刻したって? 誰が?私が? ラララララシド シシラソソラシ
 客が困るよ 私のせいなの? ファファファファファソラ ソソソソソソラシ
 何でかねー だからよー
 何でかねー だっからよー
みたいな感じ。いかにも南国のノーテンキな歌い方をするとピッタリはまる。
     

 ウチナーンチュと結婚したヤマトゥユミ(大和嫁)、その夫婦のある日の会話。
 「あー、ちゃんと洗濯物取り込んでくれたんだね、ありが・・・あれ?、でも、これ、全部濡れているよ。」
 「だからよー。」
 「だからよーってアンタ、雨が降りそうだから洗濯物取り込んでおいてねって2時間も前に電話したじゃない。「了解」ってアンタ言ってたじゃない、何でよ!」
 「何でかねー。」
 「何でかねーって!・・・殺すぞテメェ。」
 こういった場合の「殺すぞ」のように和語はたいてい能動的である。「殺されるぞテメェ」とか「殴られるぞテメェ」とは、和語ではあまり言わない。倭人は概ね責任転嫁などしない。ウチナーンチュは自らの言動になるべく責任を持ちたくない性質とも言えるが、私は、言動を神に委ねているようなウチナーンチュ気分はそう悪くないと思う。
     

 記:2016.10.21 ガジ丸 →沖縄の生活目次

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