ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

ウチトンチュ

2011年01月06日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

  ウチトンチュとは、『沖縄大百科事典』にも載っていないごく新しい言葉である。家豚人と書いて、「家に豚を飼っている人」という・・・意味では無い。ウチナー(沖縄)ヤマトゥ(倭)ン(の)チュ(人)を短く言ったもので、沖縄の倭人という意味。
 ウチトンチュ(沖縄の倭人)は、言葉そのまま「沖縄に住む倭人」という広義の意味があるが、その中には「沖縄に住む沖縄の好きな倭人」というニュアンスも含まれている。沖縄ブームがあって、沖縄に住む倭人が増えだして、そのような言葉が生まれたのだと思われる。私の記憶では、ここ10年ほど前から耳にするようになった。同じ意味で、シマ ナイチャーという言葉もある。島の内地人という意味。これも『沖縄大百科事典』に載っていない新しい言葉だが、これはウチトンチュより古くから使われている。

 私の身近にもウチトンチュはいる。大学の同級生のYが、出身の宮崎へは帰らずに、卒業後すぐに沖縄へ住み着いた。結婚して、家を建て、子供も二人できている。義兄も、今はアメリカ在だが、老後は沖縄で暮らしたいと希望している。Yや義兄のように沖縄女性と結婚して沖縄に住むヤマトゥンチュ(倭人)のことをウチナームーク(沖縄婿)とも 言う。実際に婿(籍が女房の実家になること)になっていなくても、沖縄に住んでいればそう呼ばれる。最近は、美人妻Iさんの情報では、沖縄に住み着いてお店(飲み屋など、前に紹介した開南のカナという店もそう)を開いている若い倭人も多いとのこと。
 沖縄には緩さがある。「まあ、そのくらい、いいじゃないか。」という緩さである。多少のミスは許してやるのである。ピリピリした社会で息苦しさを感じつつ生きてきた人にとっては癒される社会だと思う。ところが、「まあ、そのくらい、いいじゃないか。」は自分のやったことに対しても主張する。「大目に みてね」ということだ。厳しい社会で頑張っている人だと、「何て奴らだ!」と思うかもしれない。そういう人は概ねウチトンチュにはなれない。ウチトンチュになるには、時間に遅れる、約束を忘れる、でも、許すといったユルユルな人間関係が好きで、夏の暑さに耐えられる能力が必要である。

 職場にバイトで来ているSさんは埼玉の人である。3年前から沖縄に住むようになったと言う。「何で沖縄?」と訊くと、はっきりとは答えてくれなかったが、「楽ですね。」とのこと。彼もまた、沖縄のユルユルが好きなタイプみたいである。
 Sさんはしかし、そのユルユルとは対極にある神経の細かさを持っている、・・・と思われる。実は、今はまだ、そうであると判断できるほど彼と長く、深く付き合ってはいない。ただ、少なくとも、彼の人相はそうである。私は人相見でも無いのだが。
  先日、彼の家を訪ねた。同僚達との飲み会を彼の家でやることになったのだ。彼は盆栽を趣味にしている。そのブログがあるというので、先々週、ガジ丸のリンクページに彼のブログを紹介した。その前に、彼がガジ丸をリンクしてくれている。感謝。
 彼のブログを見ると、盆栽を見に来る人のために家をオープンにしているとのこと。ということがあって、その日の飲み会は。「ならば、いつか、開放しているという貴方の家で飲み会をしようぜ。」と私から提案したものであった。
 人相見でも無い私が、その人相を見て判断した神経の細かさは、彼の作品に表れているように感じた。小さなたくさんの盆栽は、みな丁寧に扱われていた。
     
     
     
     
     

 記:ガジ丸 2008.7.17 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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