ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

ヌチグスイ

2016年03月18日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 3月11日付ガジ丸通信「噂を信じちゃ・・・」を書いている時、それに関わる画像はないかとパソコンの中を探したら、テレビ番組の録画が見つかった。2014年春に終了した「笑っていいとも」の録画だ。「いいとも」は私の好きな番組であった。私はテレビを持っていないので、従姉の娘、可愛いS嬢に頼んで録画してもらったものだ。「噂を信じちゃ・・・」で紹介している画像は、その中から拾ったもの。
 「その中」と書いたが、じつは、私がS嬢に頼んだのは最後の「いいとも特大号」だけであった。ところが、映像フォルダの中にはいくつもの「いいとも」があった。もちろん頼んであった「特大号」もあり、その他、1週間分のレギュラー放送があった。
 テレビを家から追放したのは2011年7月、以降、他所の家に行ってテレビの画面が目に入ったことはあるが、私はテレビを「観て」はいない。それ以前もテレビを観る時間は少なかった。「笑っていいとも」は私が観ていた数少ない番組の1つ。昼飯食いながら観ていた。「いいとも」録画がずらっと並んでいるパソコン画面を見ながら、「これだなヌチグスイとは」と私は思い、幸せな気分になる。
     

 ヌチグスイという言葉は私の祖母がよく口にしていたので、私も子供の頃から知っていた。お菓子などを私が買って帰って、それを祖母に少し分けると、それを食べ終えた祖母が「ヌチグスイさたんどー(したよー)」としばしば言っていた。
 ヌチグスイ、沖縄語辞典に記載がある。「命の薬。長寿の薬」のことで、第2義に「転じて、非常においしいもの」とある。ヌチグスイは基本的には飲食物のことのようだ。祖母もその意味で使っている。しかし、そこからさらに転じて、「生きる力を与えてくれるもの」という意も、私がこれまで聞いてきたヌチグスイにはあると思われる。
 「生きる力を与えてくれるもの」とは飲食物に限らない。心に染みる良い映画を観た時、良い音楽を聴いた時、人の優しさを感じた時にも生きる力は得られる。

 私が「笑っていいとも」の録画にヌチグスイを感じたのは、番組そのものが面白くて生きる力が湧いたというわけではない。私のヌチグスイの対象となったのは、「オジサンはいいとものファンだ、1週間分録ってあげよう」というS嬢の優しさだった。
 S嬢が「笑っていいとも」を録画した媒体はS嬢の家にあったレコーダー、そのレコーダーを借りて、家に持って帰って、データを私のパソコンに移した時に「録画はいくつもある」ことに気付いていたが、「特大号は長時間だからそれをいくつかに分けて録画したのであろう」と思っていた。それから数ヶ月後に「特大号」とはっきり判るデータは観終わったが、残りのデータは何であるか確認されることもなくいつしか忘れ去られ、2年近く経った先日になってやっとその存在を気付かれる。可哀想なのは、データではなく、その優しさをオジサンに気付かれることもなく、お礼もされなかったS嬢である。
     

 記:2016.3.11 ガジ丸 →沖縄の生活目次

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