ガジ丸が想う沖縄

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失恋の唄

2010年12月03日 | ガジ丸通信-音楽・映画

 昨日、父の債務相続手続きがやっと終わった。債務相続の前に登記移転、抵当権変更等が必要だったのでそれも終えている。半年かかった。「これですっきり」という気分よりも「疲れた」という気分の方が強い。「普通は司法書士に頼む」と言った友人の意見に今は賛成する。まだ預金相続手続きが残っている。これにはアメリカの姉の署名、千葉の弟の署名捺印が必要だと言う。「年内に終わらねぇ」と溜息が出る。疲れが増す。
  とは言っても、書面をアメリカに送って、千葉を経由して戻ってくるまで一ヶ月はかかるであろう。その間、私はそのことを忘れることができるし、その間、それに時間を割かれることは無い。よって、時間に多少の余裕ができる。畑仕事が優先となるが、なお時間が余れば、2月以降休止していた「ユクレー島物語」を再開しようと思っている。
 「ユクレー島物語」、見ている人は少ないが、作者の私自身はとても気に入っていて、老後の楽しみにしようと思っているものだ。時間はかかるのだが、絵を描いたり、歌を作ったりするのも楽しい。ずっと怠けていた鉛筆を握る私の手は思うように動いてくれるだろうか?ギターを弾く私の指は大丈夫か?など不安もあるが、楽しみが大きい。
          

 ギターと言えば、先日(先週土曜日)、久々に弾いた。相続手続きや畑仕事の他にも、新たなHP作りや「ユクレー島物語」HPのプロバイダー移動という時間のかかる作業、年賀状(喪中により・・・というやつ)書き、などの雑事があって、噛み締める暇が無かったのだが、久々に経験した失恋を噛み締めたいと、ギターを手にした。
  悲しい時は悲しい歌を歌うと悲しみを噛み締められる。悲しい歌を歌ってさめざめと泣く。オジサンの心は乾いているので、実際にさめざめと泣くということは無いのだが、そういう気分に浸ると気持ちいい。悲しいけれど、歌っているうちに楽しくなる。
 思えば、若い頃の失恋は、「歌っているうちに楽しくなる」なんて余裕はまったく無かった。それでも、打ちひしがれて萎えた心が、歌うことによっていくらか元気を取り戻していた。「世の中にはこんな悲しい経験をする人はざらにいるんだ」と、世の中にたくさんある失恋の唄をいくつか歌いながら、「何のこれしき」と立ち直っていくのだ。
          

 失恋の唄はきっとたくさんあるだろう。私が歌謡曲とかポップスとかを聴いていたのは二十代半ばまでで、それ以降のものはほとんど知らない。それ以前のものだって、たくさんあるとは知っているが、曲名を挙げろと言われると数曲しか浮かばない。
  失恋の唄といって、先ず思い浮かぶのは中島みゆき、二十歳前後の頃、自分で歌うことは無かったが、よく聴いていたし、周りの女子の誰かが歌っていた。周りの女子の誰かが歌う時、私はギターを弾く係だったので、そのいくつかは、歌詞を見れば今でも弾けると思う。歌詞を見なくても弾けるものが一つある。『まりこの部屋』、「まりこ」はマリコだったか真理子だったか覚えていないが、1番の歌詞は覚えている。
 『まりこの部屋』はコードも覚えているので、私のレパートリーに入っている。もう一つ、吉田拓郎の『春だったね』も私が歌う代表的な失恋の唄だ。さらに、越路吹雪の『サントワマミ』も歌う。「二人の恋は終わったのね・・・」、女の立場からの失恋の唄であるが、明るいメロディーで、私の一番のお気に入りだ。それらを歌った後、ついでに、失恋とは関係の無い歌を数曲歌う。すると、歌っているうちに楽しくなる。
          

 記:2010.12.3 島乃ガジ丸

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