ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

瀬長島

2010年07月16日 | 沖縄05観光・飲み食い遊び

 瀬長島は那覇空港の近くにある。私の実家から那覇空港まで車で15分程なので、瀬長島へは20分もかからない距離となる。でありながら、その存在を私が知ったのは今から約25年ほど前のこと。私は元々地理不案内人間なので、例えば、「今度の飲み会は○○病院の斜め向かいだ」とか、「集合場所は那覇市立○○小学校の正門前だ」などと言われても、一般的には有名らしい○○病院や○○小学校の場所を知らないことが多い。
 瀬長島を知ったのは遅かったが、瀬長(せながと読む)という名前は耳に馴染み深い。小学生の頃から知っている。友だちや先生や親戚にそのような名前の人がいたというわけではない。じつは、政治家にそのような名前の人がいたのだ。「小学生のくせに政治家を知っていたのか」と感心するかもしれないが、当時の小学生でその政治家を知っていたのは少なくないはず。それほど有名な政治家であった。私の場合は特に、祖母が彼の熱狂的なファンで、「カメさんが演説に来たさあ、だー、一緒に行こう」などと付き合わされたこともあるくらいだ。カメさん、その政治家の名前は瀬長亀次郎という。
 瀬長亀次郎についてはいずれ別項で語るとして、今回は瀬長島。

 『沖縄大百科事典』に瀬長島の記載がある。要約すると以下。

  豊見城市にある無人島
 沖縄島南部西岸、那覇空港の南約1.5キロメートルにある小島
 面積0.19平方キロメートル、最高標高30m
 米軍の弾薬庫として接収されたが、1977年に返還される
 対岸とは埋立てによって陸続きとなる
 瀬長の旧部落は瀬長島にあったが、米軍による接収にともない、部落民は対岸に移る。

 今回『沖縄大百科事典』を開くまで知らなかったことだが、瀬長島は歴史的に由緒正しき場所らしい。瀬長グスクという記事が同事典にあった。

  瀬長グスク
 瀬長島にあるグスク
 瀬長按司の居城であった
 『琉球国由来記』によれば瀬長の嶽、志茂田巫(のろ)火神、志茂田の嶽、その他由緒ある個所がグスクを中心に存在した。

 そんな瀬長島の存在を私が知ったのは上述した通り約25年前のこと。当時、農業を勉強するために通っていた場所が瀬長島のすぐ傍にあり、「近くに浜遊びのできる場所があるよ」と、農業の師匠に連れて行って貰ったのが最初だ。
 その数年後には、中国人の留学生(若い女性)三人と親しくなって、彼女たちの住むアパートが瀬長島の近くにあったことから、何度か遊びに出かけた。
  瀬長島は特に観光となるような施設はない。釣り人はよく見かけるが、海水浴客は、少なくとも私は見たことが無い。野球場などの運動施設があり、草野球をやっていると聞いている。浜辺でバーベキューを楽しむグーループもいるらしい。
 那覇空港が近いので離発着する飛行機を間近に見ることができ、飛行機好きの子供には楽しい場所かもしれない。また、小さな島だが、海岸から島の中心部に向かうと草木が生い茂り、チョウやトンボなどが多く見られる。去年(2009年)瀬長島を散策した際、私の住む近辺ではほとんど見ることのできないギンヤンマを数匹見つけた。
     
     
     

 記:2010.7.10 ガジ丸 →沖縄の生活目次

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