ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

長イモの煮巻

2004年12月31日 | ガジ丸通信-沖縄関連

 先週の水曜日に古新聞を資源ごみに出してしまって、記事に書かれてあった正確なことは覚えていないが、沖縄大使(この役職名も正確かどうか)が、「沖縄の人々も反対ばかりするのでは無く、米軍の立場も考えて欲しい。」などと離任の挨拶で語ったそうだ。
 米軍の立場を考えて基地を容認しろということなのだろうか。おそらく、アメリカにとって極東に大きな軍事基地を置くということはアメリカの利益に有効であり、極東の平和にも寄与しているということは沖縄人の私でも、ある程度は解っているつもりだ。で、百歩譲って、極東に大規模な米軍基地は必要、ということを認めよう。それならば大使は、苦しんでいる沖縄の人々の立場を考えて、自分の地元の自治体に、「沖縄の基地の何割かを受け入れよう」などと言ってくれるのだろうか。もし、そういうことであるならば、大使の「米軍の立場も考えて欲しい」発言は少なくとも、その考え方は理解できる。
 しかし、もし大使の発言のその心が、「私は米軍のアジア戦略については深く考えているし、よく理解できているが、その犠牲になっている沖縄についてはあまり考えていない。沖縄は今まで我慢してきたのだから、これからも我慢できるであろう。あまり大国に盾つかないで、現状でいてくれよ。」とのことなのであれば、ふざけた発言だと思う。
 今年、沖縄で発生したニュースで、この温厚な私でも「何やっていやがる!」と腹を立てたニュースがある。普天間のヘリ墜落事故だ。ヘリが墜落したことそれ自体は、「飛んでいるものは落ちることもあるだろう、街中にヘリ基地があるのだから、落ちる場所が民間地となる場合も当然あるだろう。」ということで、さほどの驚きでは無い。人身に被害が無かったことで「不幸中の幸い」とさえ思ったくらいだ。
 腹を立てたのは事故後、沖縄の警察が現場検証できなかったことだ。事故現場を米軍がガードして、日本の国民の生命と財産を守るべき義務のある警察官を、民間地で起きた事故であるにも関わらず、その現場に立ち入らせなかったのだ。おそらく、もし人身に被害が及んでいたとしてもアメリカ軍は同じようにしたであろう。フザケタ話だ。権力者に理不尽な仕打ちを受けて、なお耐えている奴隷のような気分になる。口惜しい。
 とは言え、権力者に逆らったり大国に逆らって生きていくのは何かとリスクも大きい。逆らうのでは無く意見を言う。話し合いを持つ。米軍の立場も理解し、こっちの立場も理解してもらう。などといったことで解決の方策を見つけることはできないものか。他国の人間の痛みなど露ほども感じない大統領のいる国に、そういったことを求めるのは酷というものか。唯一の超大国に歯向かえばどうなるかという見せしめになったイラクの不幸を思うと、長イモの煮巻かれて、・・・長いモノに巻かれていれば良いのだろうか。無念。
 普天間、辺野古に代表される基地問題があるだけで、沖縄の前途は多難である。しかしながら、明るい夢や希望も当然ある。明るい未来への展望は、年明けに書きましょう。

 記:2004. 12.31 ガジ丸

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