ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

シュガーローフ

2011年01月06日 | 沖縄02歴史文化・戦跡

 旧盆の最終日、ウークイ(御送り)の日、実家へ行くついでに沖縄の戦跡巡りその3として、シュガーローフを観に行った。実家からは徒歩15分程度の場所にある。
 那覇市の繁華街といえば国際通りが有名だが、地元の人間が遊びに行く場所としては、数年前から既に国際通りよりも人気のある場所がある。那覇新都心、そのメインストリートには県立博物館美術館、大型スーパー、電気店、書店などが建ち並び、その東端には、ブランド品が安く入手できるということで、観光客に大人気の大型免税店がある。その免税店の道向かいに、沖縄戦の激戦地だったシュガーローフがある。

  シュガーローフはアメリカ軍の呼び名、Sugarloafというスペルで、英和辞典を引くと、「円錐形に固めた白砂糖。すりばち山。」といった意味。沖縄では、慶良間諸島が一望できることから「慶良間チージ」という呼び名だったらしい。シュガーローフは現在、那覇市の上下水道局が管理する安里配水池として使われている。
 現在のシュガーローフ、丘の高さは、私の目測で16、7m、最も長いところはメインストリート側で、私の歩測で約100mほど。丘の上に大きな白い水タンクが建っているので、新都心のメインストリートを東向きに歩いて行けば、すぐに目に付く。

 シュガーローフの戦いについては、沖縄戦を記録した本にはたいてい載っており、『沖縄大百科事典』にも記述がある。大変な激戦であったということから一つの歴史として残っているのであろう。アメリカ軍にとってもその激戦は記録に残すべきものであったようで、『沖縄シュガーローフの戦い』という本がアメリカで出版されている。
 その本、邦訳されたものが石嶺図書館にあったので借りる。借りて読む。350ページほどもある厚い本だ。読書慣れしていない私にはきつかった。また、老眼鏡も長時間かけていると肩こりがした。なので、2週間経ってもなお、読み終えていない。

 激しい戦闘が行われた当時の形状が、『沖縄シュガーローフの戦い』に記されている。「高さ15メートルから20メートル、長さ270m、南東約400メートルにはハーフムーン、南180メートルにはホースショア・・・。」とのこと。
 高さはあまり変わらないが、長さが約三分の一になった。削られて道路や宅地になってしまったのであろう。シュガーローフ全体が造成地の予定だったらしいが、激戦地を後世に残そうという運動があって、現在の形で残っているとのことである。

  シュガーローフは、日本軍本体のある首里城の西に位置し、アメリカ軍の侵攻を食い止める前線であった。南東のハーフムーン(half moon)という半月形の丘と、南のホースショア(horseshoe)という馬蹄形の丘の3箇所に日本軍は防御陣地を置き、互いをトンネルで繋いで、強固な防御態勢を敷いた。ために、アメリカ軍は非常に苦戦した。
 1945年5月12日から18日にかけて戦いは続き、その1週間で、「アメリカ軍は2662人の死傷者と1289人の戦闘疲労者を出した。」(沖縄大百科事典)
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

 旧盆の最終日、実家でウークイ(御送り)の準備をしていると、友人のHから電話があった。「このあいだ話した真嘉比の遺骨収集、今、テレビでやっている。」と言う。真嘉比は地名で、安里の隣に位置する。で、翌日、遺骨収集の場所をネットで調べる。翌週、現場へ出かける。予想通りであった。今なお、多くの遺骨が眠っているという場所は、小さな丘となっていた。ここがハーフムーンであった。
     
     
     
     
     
     

 記:ガジ丸 2008.9.8 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄シュガーローフの戦い』ジェームス・H・ハラス著、猿渡青児訳、光人社発行

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