ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

ミャンマーかビルマか

2008年02月29日 | ガジ丸通信-政治・経済

 母の古い友人であるRさんは、私が子供の頃から毎年毎年、盆正月(沖縄では盆暮では無く盆正月、お中元お歳暮にあたる贈り物は盆正月にその家の仏壇に捧げる)には挨拶に来てくれた。それ以外の日にも時々遊びに来ていたので、私も古くから知っている。見知らぬ街でばったり出会ったとしても、一瞬の間を置かずその名前が出てくる。
 そんなRさんであるが、私はじっくりと話をしたことが無い。私は、人と話をするのが苦手では無いが、さほど好きでは無い。おしゃべりより、一人妄想に耽っている方が楽であり、幸せを感じる。子供の頃は、周りからトゥルバヤー(ボケーっとする人)とよく罵られていた。というわけで、Rさんとも長い会話をしたことが無かった。
 Rさんは母の通夜から告別式、四十九日までのナンカナンカ(七日七日)にずっと顔を出してくれた。告別式の後、Rさんとじっくり話をする機会を得た。
 「お母さんにはとても世話になった。自分に子供ができた時は、実の母親よりも先にあなたのお母さんに電話したくらい信頼し、尊敬し、感謝している。」とRさんは言う。どんな出会いで、どのような世話だったのか興味を持ったので訊いた。のだが、その話は母の伝記の一部として別項で述べることにしたい。今回は、国名の話。

 Rさんは台湾から仕立職人として沖縄にやってきた。仕立職人は知らなかったが、台湾というのは知っている。なので、その時聞くまで、てっきり台湾人だと私は思っていた。違っていた。Rさんはミャンマー人とのことであった。それを聞いて、生半可な知識しか持たないスットコドッコイは言ってしまった。
 「今の軍事政権が作ったミャンマーなんて止めて、ビルマに戻した方がいいよね。」

 先日、市川昆監督が亡くなった。私は映画は好きであるが、映画に詳しくは無い。監督の名前も多くは知らない。だが、市川昆という名前は知っている。
 テレビの情報から『東京オリンピック』、『細雪』、『炎上』、『犬神家の一族』などの作品があるということを知ったが、「市川昆って知ってる?」と訊かれたら、「『ビルマの竪琴』の監督だろ。」とすぐに答えることができる。
 物語『ビルマの竪琴』は確か、子供の頃に読んでいる。すごく感動したことを覚えている。映画『ビルマの竪琴』も確か観ていると思うが、いつ頃観たのか、映画館なのかテレビなのか記憶に無い。主人公が竪琴で『埴生の宿』か何か弾いていたのと、戦友達が「水島ー」と叫んでいるシーンを覚えている。そして、きっと映画にも感動している。
 ということで、ビルマという国名は私の耳に親しい。そのビルマという名前が、軍事政権によってミャンマーに変えられた。それは1989年のことだというので、ほんの19年前の話である。ビルマに親しみを感じていた私は、
 「ビルマという伝統のある名前を変えるなんて!」と密かに憤慨していたのだ。

  ところがどっこい。Rさんは言う。「元々はミャンマーと言っていたので、国民の多くはミャンマーという名前が良いと思っている。」とのこと。そして、ミャンマー語(インドの文字に似ている)で国名を書いてくれた。「これが正式な国の名前です。特に、ミャンマーという名前には誇りを持っています。」とRさんは言った。
 軍事政権でも、国の歴史や文化に誇りを持てる政治であれば、国民は幸せなのかもしれない。ではあるが、「軍事政権で最近いろいろ起きていますね。国民はどう思っているのですか?」と訊いたら、Rさんは困ったような顔をして、はっきりとは答えなかった。国に誇りは感じていても、政府には感じていなという印象を私は受けた。
          

 記:2008.2.29 島乃ガジ丸

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