ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

終末思想という流行りもの

2010年07月02日 | ガジ丸通信-社会・生活

 一昔前の自分を覚えているだろうか。十年一昔というので、一昔前の自分とは十年前の自分のこと。十年前、仕事は何をしていたのか、どのような地位にいたのか。結婚していたのか、女房とは上手くいっていたのか。子供はいたのか、父親の役目はちゃんと果たしていたのか。結婚していない人は、恋をしていたのかどうか、などなど。
 十年前は2000年、2000年は20世紀最後の年、・・・としか印象が無い。バブルの頃だったのか、バブルがはじけていたのかも記憶に無い。なにしろ、私の勤める会社はバブルの頃景気が良かったということもなく、常に底辺をウロチョロしていた。
 その前の年、1999年は少々思い入れがある。高校の頃友人たちの間で流行ったノストラダムスの黙示録、それが世界の終わりを予言した年だ。同じクラスのUNなどはその信奉者で、その時に備えて保存食などを買い込んでいたくらいだ。本に書かれていることやテレビで流される情報を鵜呑みにしないタイプの私は、それに懐疑的で、「科学的根拠が無い」、「科学では無く、心が感じることだ」などとUNと討論した覚えがある。1999年、「ほーら見ろ」とUNに言いたかったのだが、会う機会が無かった。

 1999年、世界の終わりが来るなどとはちっとも思っていなかった私は、今の仕事をしていて、地位も今と変わっていない(給料は現在大きく減っている)。今と同じく結婚しておらず、世の亭主どもを悩ませている女房との諍いなどは無い。当然、子供もいないので子育てに頭を悩ますことも無い。最後の恋から3年ばかり過ぎており、その傷は十分に癒えた上、新たな恋がしたいという欲求も薄れていた。つまり、悩みは何も無く、暢気な日々を過ごしていた。暢気な日々は以後11年、ずっと続いている。
  気分的には呑気な11年だが、経済的には長引く不況、特に小泉改革以来の建設業不況によって、私の勤める会社は右肩下がりの業績で、しかも、その坂は急坂、私のような独り者でも生活がアップアップの状態。今の車は買ってから9年になるが、10年後には買い替えが必要になるだろうと、その頃からコツコツ貯めていた貯金を食い潰し、もはや原付バイクを買うほどしか残っていない。その残りも夏までには消えそうな状態。
 それでも私が呑気なのは、畑で芋を作っていれば何とか生きてはいけるだろうと思っているから。「そりゃあ甘いぜ」と言う友人がいて、私自身も確たる自信は無いのだが「なんとかなるさ」と思っている。「それこそ科学的根拠が無い」と、UNがいれば言いそうだが、「科学では無く、心が感じることだ」と、私は言い返すであろう。

 ここ10年あまり、流行の本というものをほとんど読んでいない。流行りで無い植物図鑑、昆虫図鑑はよく読んでいる。それはともかく、流行の本を読んでいないので全く知らなかったのだが、2012年終末説というものがこの頃流行っているらしい。
 過日、入院した父を見舞うために帰省していた弟から、「面白いから読んでみて」と勧められて読んだ本にそのようなことが書かれてあった。そりゃあ確かに地球温暖化などで異常気象があったり、大規模災害があったり、いろんな病気が出現したりしているが、2012年終末なんて、何の科学的根拠もない。それを面白いだなんて、「うっ、いつの間に我が弟はUNみたいになったんだろう」と、私は思ってしまった。世界の終わりが来たならば、終わればいいのだ。生き残りたいなどという欲望は、私には無い。 
          

 記:2010.7.2 島乃ガジ丸

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« とてもシンプルに | トップ | 弁ヶ岳公園 »

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。