ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

僕んちの民謡

2010年12月17日 | 沖縄03音楽芸能・美術工芸・文学

 先週土曜日(29日)、職場の仲間との飲み会があった。飲み会へ行く前にGさん(設備工事会社の社長)と一緒だったので、Gさんも飲み会に参加する。飲み屋は那覇市泉崎にある魚の美味しい店。ガジ丸HPの記事にできるような昔話(概ね私がそう希望し、誘導した)で大いに盛り上がる。二次会はGさんの馴染みのスナックへ行く。
 そのスナックは常連客しか行かない、又は行きにくいような雰囲気の店。この文を読んでいるヤマトゥンチュー(倭国の人)が観光で来て、気軽に入れるような店では無いので名前を明かしても問題無かろう。「ぼくん家」という店。カウンターに5人、テーブル席が6~8人くらいの小さな店、テーブルもギリギリの空間に置いてある狭い店。前にGさんに連れられて来ているので私は2度目。若い美女も旨い肴も無いが、楽しい店。

 前回来た時(雑談「艦砲ぬケェーヌクサー」を参照)にいた従業員らしき、女のような男はこの日いなくて、代わりに琉装のオバサン二人が客の相手をしていた。オバサンの一人は、ママさんの話によるとシバイシー(芝居する人:役者のこと。ちなみにシバイサーは、役者でも無いのにお芝居する人)とのこと。
 前回もそうであったが、概ね民謡大会となる。歌う歌のおよそ半分は民謡。前回はサンシン(三味線)の生演奏だったが、今回はサンシンが無くカラオケ。私はカラオケが嫌いなので歌わないが、Gさんはカラオケ大好きで、同僚のT、別の客の二人、オバサン二人の6人でかわるがわるひっきりなしに歌った。民謡ではオバサン二人が上手で、特にシバイシーのオバサンはプロ並であった。いや、プロ並というのは失礼だ。沖縄芝居は歌劇も多く、歌が歌えないとシバイシーにはなれないので、プロそのものなのである。
 「民謡なんてイナカー(田舎風)で、大嫌い」という友人たちが多い中、私は若い頃からラジオ番組の「民謡でチューウガナビラ」もよく聴いていて、周りの同世代のウチナーンチュに比べれば琉球民謡を聴いている方である。で、琉球民謡は概ね好きである。概ねというのは、琉球民謡にもいろいろあって、琉球民謡であれば何でも好きってわけではない。演歌みたいな内容の唄も多くあり、演歌の嫌いな私は、それらは好きでは無い。

  今回、「ぼくん家」で歌われた中では、「芋ぬ時代」が好みだった。有名な唄らしいが、私は知らなかった。家には琉球民謡のCDが10枚ほどある。工工四(クンクンシーと読む。琉球民謡の楽譜)も5冊ほどある。それらを調べてみた。が、無かった。で、さっき出勤前に本屋へ寄り、「芋ぬ時代」の入っている工工四を買った。作詞:浦崎芳子、作曲:普久原恒勇、唄:浦崎康子。「芋ぬ時代」はンムヌジダイと読む。
 母親は朝早く起きて芋を煮て、子供たちに食べさせる。三度の食事は芋であった。それは寒い冬も、暑い夏も毎日毎日繰り返されていた。芋があって、それを親が食べさせてくれたから、今、私たちは生きている。親の恩は忘れない。といった内容の、芋が主食だった作詞者の子供の頃の日常を描きながら、親の恩を歌っている。
 親の恩を歌っているからこの唄が好きってわけでは無い。昔の、日常の庶民の暮らし、貧乏だけれども平和な暮らしが映像として浮かび、親子の絆の深さが感じられるので、私好みとなった。好みにはなったが、今、工工四を見たら指の運びが速そうで難しそう。どうも三線を弾いて歌えるようになるまでには相当の時間が要りそうだ。
     

 記:ガジ丸 2005.2.4 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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あゆ (藤丸のブログ)
藤丸です。いやぁやっぱり天気がいいと気分もいいですね!寒いけど、太陽の光が元気をくれます。さて浜崎あゆみさんに引退勧告を求める声が上がっている模様です。ネットでは、ここしばらく劣化ぷりが話題に上ってましたし、そもそも歌えてないとも言われておりました。ま