ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

線を楽しむ路

2009年03月20日 | ガジ丸通信-その他・雑感

 先日、ブルートレイン引退のニュースがあった。速さで新幹線や飛行機に勝てず、利用者が少なくなったということでの引退らしい。ブルートレインの引退、鉄道の無い沖縄に生まれ住み、日常では鉄道をまったく利用しない私にはあまり関係の無いことだが、老兵は去り、英雄も去るみたいで、ちょっと淋しい気はする。
 鉄道の無い沖縄で生まれ育った私だが、実は、若い頃に二度ばかり、ブルートレインに乗ったことがある。30年ほども前の話である。当時、私は東京に住んでいて、従姉一家が九州(熊本、後に北九州)に住んでいて、東京からそこを訪ねる時に一度、そこから東京へ帰る時に一度、ブルートレインを利用している。
 当時の私が、ブルートレインという呼び名を知っていたかどうかはっきり覚えていないが、確か私は、それを寝台特急と認識しており、そう呼んでいたと思う。あるいは夜行列車、または夜汽車という呼び名も好きだった。夜汽車、良い字面で、良い響きである。ブルートレインなんていう名前よりもずっとカッコいいと私は思う。情緒がある。

 倭国へ旅する際、私は沖縄から倭国へ、倭国から沖縄へは飛行機を利用しているが、倭国へ着くと、そこでは鉄道、バス、徒歩で移動する。カッコイイことを言うようだが、私は場所では無く、時間を旅したいと思っている。点から点では無く、点と点を繋ぐ間も楽しみたいと思っている。見知らぬ景色を眺めながら、これから出会うかもしれない楽しいことをあれこれ妄想しながら過ごす時間は気分が良い。
  私は、旅先でレンタカーを借りるなんてことをしない。車を運転していると、脳の大部分が運転に集中するので他の事ができない。音楽を聞く位で、旅の時間を感じることが難しい。途中にある何かに気付くことができない。旅の線を楽しめない。
 私は日常生活でも車の運転が好きでは無い。なので、通勤以外ではなるべく徒歩、またはバスを利用している。私の姉などは近く(徒歩15分位)のスーパーへ行くのにも車を運転していく。「のんびり歩いてなんて、時間が勿体無い。」とのことだが、運転以外にやることのない時間が、私にすれば勿体無い。バスであれば、本が読めるし、文章を書くこともできる。徒歩であれば、途中にある何かに気付いて、写真を撮ることができるし、メモをとることができるし、腰を下ろして、妄想に更けることもできる。
          

  夜汽車に乗って、遠距離恋愛の彼女に会いに行く。彼女には別に好きな男ができたかもしれない、会ったら、どことなくぎくしゃくするかもしれない、などと妄想して何だか切なくなる。あるいは、ビールも日本酒も、私の好物の食材も買い揃えて、明日の料理の準備をしているかもしれないと妄想して、愛おしさに胸がキュンなる。
 席に着き、弁当を広げ、酒を飲み、ほろ酔い気分でそんな妄想に更ける。そういう楽しみが線の旅にはある。線路は、線を楽しむ路というわけだ。・・・夜汽車の旅がしたくなった。が、そうか、廃止となったか寝台列車、残念ですな。
          

 記:2009.3.20 島乃ガジ丸

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