ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

救いの歌

2016年04月15日 | ガジ丸通信-音楽・映画

 約1ヶ月前の3月12日の夜、ラジオを聴いていると『アンパンマンのマーチ』が流れた。パソコンのキーボードを叩いていた私の指が少し止まって、「お、久しぶり、懐かしや」と思ってワンコーラス(しか流れなかった)聴いた。
 その前日の3月11日は大震災のあった日で、大震災後の被災地では「アンパンマンのマーチ」が流れ、人々を元気付けたという。元気の出る歌だと、私も思う。
 アンパンマンは言うまでもなく、作者はやなせたかし氏。そういえばと思い出した。1年以上も時間を費やしたブログの移動、修正作業をしている最中、「あれ?記事が無い」と、書いたつもりだけど載っていない記事がいくつかあるのに気付いた。気付いたものの一つに、やなせたかしがあった。パソコンの中を探すと、記事はあった。タイトルは『83歳の愛と勇気』で日付は2002年1月11日。文章はしかし最初の数行のみ。

 「そうだ怖れないで みんなのために 愛と勇気だけが友達さ」と書いた詩人は、
 「ミミズだって オケラだって アメンボだって みんなみんな生きているんだ」と書いた詩人でもある。詩人は漫画家でもある。漫画家は今年83歳になるが、まだまだ若々しく意気軒昂、夢も希望もたっぷり持ち合わせているといった笑顔をしている。
 彼の根底にある思想は、手塚治虫や宮崎駿と同種である。生きとし生ける物すべてに、存在する意味があるという仏教の思想だ。彼の漫画に登場する悪役は、バイキンマンもドキンちゃんも、どこかカワイイではないか。

 この後、『千と千尋の神隠し』にも触れ、やなせたかしを褒めるつもりらしかったメモ書きみたいな数行があって、しかし、記事は未完のまま、ずっと忘れられていた。
 書きかけの記事『83歳の愛と勇気』は2002年1月、その時、やなせは83歳、それから11年余経った2013年10月13日にやなせは亡くなっている。それから数日以内に訃報を私はラジオから聞いている。聞いて、思うことは多くあった。
 その少し前に友人の娘の結婚式があり、その少し後に母の命日があり、実家の売買でアタフタしていたこともあり、思うことを書いたのは1ヶ月ほど過ぎてから。
 同年11月15日付ガジ丸通信『平和の権化』で、「私はゴキブリは即殺する。ゴキブリはバイキンの塊だ・・・やなせたかしはバイキンも殺さない。『手のひらを太陽に』には平和を感じるが、アンパンマンも平和だ。ミミズもオケラもアメンボも、そしてバイキンも友達にするやなせたかし、平和の権化だと思う。」と私は思いを書いた。
          
          
          

 『手のひらを太陽に』は1965年の作品、その後全国に広がって、南の果ての島、まだアメリカ軍統治下の沖縄でも、子供達に覚えられ、歌われた。
 アンパンマンがテレビアニメ化されたのは1988年のことなので、『アンパンマンのマーチ』が世間に流れたのも同じ頃であろう。その頃私は大人(まだお兄さん)なのでアニメを毎週は観ていないし、『アンパンマンのマーチ』も毎週は聴いていない。でも、すぐに、「おっ、子供の歌にしては鋭い歌」と感想を持った。「何のために生きるの」に深い思想を感じた。そして、軽快なテンポで「そうだ怖れないで みんなのために 愛と勇気だけが友達さ」と歌う。被災地も元気になる、救いの歌だと思う。
          

 記:2016.4.15 島乃ガジ丸

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