ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

沖縄全戦没者追悼式

2014年06月27日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 今週月曜日(23日)、従姉のK子から「摩文仁の平和記念公園で行われる沖縄全戦没者追悼式に参加するけど、あんたも行かない?」と誘われ、一緒に行くことになり、「姪のSも行くからイオン南風原で待ち合わせて車1台で行こう。待ち合わせ時間は午前10時15分。」となった。イオン南風原は私の畑ナッピバルから車で10分ほどの所、朝、畑仕事でひと汗流し、一服して、のんびり出かけ、10時前には着く。
  S女が遅れて、イオン南風原を出たのは10時半を過ぎていた。摩文仁へ向かう道が混んでいて、現場に着いたのは12時前となった。式典の開始は11時50分、それには間に合ったが、既に多くの人が式典会場入口に並んでいる。K子とS女はその列に並んだが、私はきっぱり諦めて、近辺の散策。しばらくして、K子から電話があり、礎を先に回ると言う。来賓挨拶が多くて長くて待っていられないとのことであった。

 K子と私は血の繋がりは無い。S女はK子とも私とも血の繋がりは無い。戦争で夫を亡くした妻、妻を亡くした夫が多くいて、亡くしたもの同士が結婚して血の繋がりの無い兄弟姉妹、従兄妹、甥姪などがたくさんできたということ。
  K子の母親(故人)は、夫、義理の母、6人の子供たち全てを戦争で失っている。K子とその姉のE子は戦後、母親が再婚してからの子供だ。Sはまた、K子の母親が戦後に養女としたT姉さんの娘である。それでも彼らはとても仲が良い。お互いを信頼している。血の繋がりよりも深い絆で繋がっていることが、傍目で見て感じられる。

 K子にとっては大好きだった母親の血を分けた兄姉たち、S女にとっては血は繋がっていないが大好きだった祖母の家族、彼らの名が刻まれた平和の礎の前に花とお茶を供え、手を合わせることはけして義理のみでは無く、心からの感謝なのであろう。
  「本当は式典の行われている場所に供えたいんだけどね」とK子が言う。式典の行われている場所はお偉方(県知事、日本国総理、ケネディー駐日大使など)も参列し、彼らの長い挨拶があり、一般の人も多くいて、祭壇前へ行くまでに相当の時間がかかりそうだったので、そこは後回しにして礎(イシジと読む)を先にしたわけだ。
 「何で本当は向こうなの?」と訊いた。
 「あそこに骨が埋葬されているのよ」とのこと。戦争犠牲者の骨は、それが個人のまとまったものの場合は個人として埋葬されるが、細かく砕けて多くの人の骨と混ざり合っているものは個別に分けるのが困難なので一ヶ所にまとめられているらしい。
     
     
     

  「誰のものか特定できない骨がたくさん混ざり合っているのか」と、それだけで戦争の悲惨さを感じた。それなのに、その沖縄に新たな軍事基地を作ることに熱心な総理大臣が挨拶し、それを許した県知事が挨拶する。「何か、腹立つなぁ」と思う。
 「偉い連中の挨拶も済んで、一般の人たちが手を合わせる時間が来るまで待つさ」というK子とS女を残して、私は公園内を散策することにした。お偉方がいるため、場内には黒服の、目つきの悪い男たちがたくさん、あちらこちらに散らばって立っていた。
 各都道府県の石碑が立ち並ぶ摩文仁の丘(高台)に登ると式典会場全体が見渡せた。私の見ている場所から言って会場の手前側に黒い車が20台ほど停まっている。お偉方とその警護の車だ。1時頃、それらの車が順次出ていった。「やっと白々しい挨拶が終わって、一般市民の心からの祈りの時間だな」と、私もやっと平和な気分になる。
  お偉方が掃けて15分も過ぎた頃、神奈川の塔の前で黒服の男2人に出会った。木陰でタバコでも吸っていたのだろう。その2人の胸にはSPのバッジがあった。「お偉方が帰った後も残っているんですか?」と1人に訊いた。男は迷惑そうな顔をして、「時間によります」と答え、急ぎ足で丘を下りて行った。まあ、警護について詳しくは言えないし、一般市民と親しく口をきくことも無いのだろう、「SPは隠れてタバコを吸わないといけないの?」と軽い話をしたかっただけなんだが、訊いた私がバカだった。
     
     

  私は摩文仁の平和記念公園へは何度も行っている。倭国に住む親戚友人たちを案内したり、デート場所にしたこともある。であるが、6月23日慰霊の日に来たのは初めて。沖縄全戦没者追悼式も初めて見た。沖縄戦を改めて考える良い機会になった。
 摩文仁は沖縄戦最後の激戦地だった。公園内には平和の礎というモニュメントが多く並び、そこには沖縄戦の戦没者の名前が刻まれている。沖縄人はもちろん、沖縄戦で死んだ日本の兵隊も強制的に連れてこられた韓国人も、そして、敵として戦ったアメリカ人の戦没者も慰霊する場所となっている。沖縄の歴史にとってはとても大事な場所。
 「そうだ、大事な場所だと思っているのに、ガジ丸は平和記念公園も摩文仁の丘についてもまだ紹介していないなぁ」と気付いたので、別項とした。
     

 記:2014.6.24 ガジ丸 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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