ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

我も人、敵も人

2017年06月30日 | ガジ丸通信-沖縄関連

 今週のガジ丸通信は2題、先の『できちゃった工事』に続いて、宜野湾市民フォーラム木曜会が主催する第5回市民シンポジウムについての感想。

 先週火曜日(6月20日)、宜野湾市民フォーラム木曜会が主催する第5回市民シンポジウムがあった。今回は辺野古で実際に抗議活動している人、北上田毅氏が講師、辺野古の先行きに関して私は関心を持っているので、万難を排して参加した。
 第5回市民シンポジウムのタイトルは「辺野古、現場からの提言」で、辺野古の現状、新基地建設工事の進捗状況、これからの反対運動について講師は語った。これについての感想は『できちゃった工事』で述べた通り、「国はインチキしやがる」と思った。

 もう1つ、それとは逆に嬉しい気分になる報告もあった。その日、辺野古現場からもう1人(女性)参加していた。名前や何者かなどは聞き逃してしまい不明。北上田氏の講義が終わり、参加者との質疑応答も終わって、会の終わりに彼女が現在の辺野古の映像を見せてくれた。スクリーンに映ったのは抗議活動する人々とそれを阻止する海上保安庁の人々。前に映画で見た同じような場面ではお互いの怒号が飛び交っていたが、今回のは割と静かだった。静かに抗議し、静かに排除する、そのことが私には嬉しかった。
     

 「敵に塩を送る」という言い回しがある。「(上杉謙信が、塩不足に悩む宿敵武田信玄に塩を送って助けたという故事から)苦境にある敵を助ける。」(広辞苑)という意。
 中学だか高校だかの歴史の授業で、あるいは、NHKの大河ドラマでそれを知って、私は大いに感動した覚えがある。私がサムライ魂を好きになった1因になったと思う。私の思うサムライ魂とは「正々堂々、インチキしない、潔い、相手の弱みに付け込まない」などといった倫理観であろうと、後年、年を取ってから認識できるようになった。
 「敵に塩を送る」はまた、「闘う相手であろうと、彼は自分と同じ人間である」ことを認めているからできること。「我も人なり、敵も人なり」と言っているようである。敵を犬畜生と思えば「どんな卑怯な手段を使ってでも勝ってやる」となるだろうが、敵を(尊敬できる)人と思えばそうそう卑怯な手段は使えない。好敵手と言われた二人、正面から対峙し闘い続けた二人、信玄も謙信も互いを尊敬し合っていたのだろう。

 現在の辺野古の映像を見せながら辺野古から来た女性、H(としておこう、辺野古なのでという安易な理由)さんは映像について少し解説した。
 「警備の海上保安庁の人は、以前は手荒いこともしたけれど、最近は優しいです。このあいだ、私のカヌーが転覆させられましたが、それは故意ではなく、保安庁の人がすぐに助けてくれ、申し訳ないと謝ってくれました」などといったようなことを語った。
 「これだぜこれ」と私はとても嬉しくなった。以前の映画の中の抗議活動場面を観た時は、「同じ人間同士が、同じ日本人同士が、ましてや同じウチナーンチュ同士が掴みあったり、蹴り合ったり、罵り合ったりしてどうする!」と悲しい思いがした。それに比べると最近の辺野古現場は、闘いは闘いだろうけど、「我も人、敵も人」といった気分が流れているようである。「それこそ大事、それこそ平和への道」と私は思う。
     

 記:2017.6.30 島乃ガジ丸

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