ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

世界が百戸の農家なら

2009年08月28日 | ガジ丸通信-社会・生活

 その島には百戸の農家が暮らしていて、それぞれが耕作し、魚釣をし、塩や砂糖を生産し、ほぼ自給自足していた。また、それぞれが綿花を栽培し、農閑期にそれぞれの服を仕立てた。家を建てるときは、今年は誰と誰の家をと計画し、皆が協力した。
 島は平和であったが、そういう暮らしは年中休む暇が無く、皆が忙しかった。ということである年、百戸が集まって話し合いをした。作業は分担した方が効率的であり、専門となることで生産も向上し、時間に余裕が生まれるであろうとなった。
 そこで、百戸のうちの半分は米作りから離れた。残りの五十戸はそれまでの倍の面積を耕作することになったが、米作りと自給の野菜を作るだけなら楽であった。米作りから開放された五十戸は、それぞれ魚釣専門、服作り専門、建築専門などとなった。
 魚釣専門は皆が必要とする分の魚を提供することで、自分が必要とする米を得た。服作り専門も建築専門も同様であった。百戸はそれぞれがそれぞれの仕事に専念することで生きていけた。専念は効率が良かった。皆に時間の余裕ができた。
 時間に余裕があれば、祭りが生まれる。春夏秋冬の祭りや、山祭り、里祭り、海祭りなどの他、個人的な祭りも多く生まれた。個人的な祭りとはつまり、恋のこと。で、島の生活は楽しいものとなった。なにしろ、食っていけるという安心感があるのだ。時間だけで無く、心にも余裕ができるというものだ。心に余裕があると、優しい気分になれる。恋人達だけでなく老若男女皆、互いに優しかった。島は楽しくて平和だった。

  そんな楽しくて平和な島が他にもあった。仮に一つを北島、もう一つを南島としておこう。ある日、両島の代表が会合を持った。じつは、北島は稲作に適し、南島は綿花栽培に適した環境であることが分かっていた。で、北島は米を多く生産し、南島は綿を多く生産し、それぞれを交換することにした。その方がより合理的であった。その他、野菜や果物にもそれぞれに適したものが多くあり、それらも交換しあった。
 南島は島で生産する米だけでは島民の食糧をまかなえず、北島は南島の綿がなければパンツや靴下も作れなかった。よって、両島がケンカするなんてことはありえなかった。北も南もお互いを尊敬し合い、いつまでも仲良く暮らした。・・・とさ。
          

 一つ、生産を全滅させるほどの天変地異が無いこと、もう一つ、ルールを破って自分だけが甘い汁を吸うなんて悪党がいないこと、という条件付きなら、私もその島で平和に生きていけそうな気がする。テレビもパソコンも無い生活だとしても大丈夫。
  食っていけるという安心感があれば、私は自由である。私の心は空を飛び、私の脳味噌は時間を駆け巡ることができる。テレビが無くてもラジオが無くても、映画が無くてもパソコンが無くても、私は私自身でドラマや音楽を作り、楽しむだろう。
 食っていける安心感と祭り(恋)に参加できる時間と心の余裕があれば、人は幸せに生きていけると思う。松坂牛もフォアグラもキャビアも要らない。エルメスもグッチもティファニーも要らない。スマップもエグザエルも要らない。
 食っていける安心感、言い換えれば、生きていけるという安心感は、人が、言い換えれば、国や民族が互いに信頼しなければ生まれない。夢みたいな話だが、いつかそんな世界になるだろう。日本に徳川泰平の世が訪れたみたいに。・・・本当かなぁ・・・。
          

 記:2009.8.28 島乃ガジ丸

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