ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

粗忽塚

2007年05月11日 | ガジ丸通信-社会・生活

 前夜の深酒で二日酔いとなってしまった日曜日(30日)の朝、8時ちょっと過ぎ。寝たのは3時頃だったので睡眠時間は5時間。睡眠不足でもある。が、だるい体と痛い頭に鞭打って起きる。飯食って、コーヒー飲んで、パソコンを開く。ガジ丸HPの記事書きをする。だるい体と痛い頭では、作業ははかどらない。1時間ほどで一時休止。
 朝飯で使用した鍋、食器を洗う。だるい体と痛い頭のせいで、飯碗を落とす。はーっと溜息をつく。今のアパートに住んで11年。割れた食器の数はこれで7個目。有田の皿、備前の徳利、無印良品のワイングラス、小鹿田の皿、結婚式の引き出物の皿、作家物(名は忘れたが)のコーヒーカップ。このコーヒーカップ以外はみな量産品で、(引き出物の皿もたぶん)そう高いものでは無い。ではあるが、自分の粗忽が情けなくなる。

 私の部屋は2階建てアパートの2階にある。階段を下りると正面は駐車場、右手にアパートの畑がある。階段下の土面の一部には瓦礫が敷かれてあって、そこの、ある程度高さのある箇所はスコップ、ヘラの畑道具や肥料などの置き場所になっている。そして、階段の根元、高さの無い箇所は割れた食器の眠り場所になっていて、私はそこを「粗忽塚」と呼んでいる。粗忽とは、軽はずみなこと。そそう。軽率(広辞苑による)ということ。
  その塚に食器を葬るたんびに、粗忽者であることを反省していた私だが、O型は大雑把であるということを知った今は、反省はしない。反省しても無駄、O型はこんなもんさと開き直る。自分を否定しないところがウチナーンチュの良いところ。
 今回割れた(割ったのでは無い、落としたら自然に割れた)飯碗、青磁のように見えたが、陶器(注1)であった。実家にあったものを貰ってきたもので、出所は知らない。割れて初めて気付いたが、高台の底を見ると「高田」と銘がある。轆轤(ろくろ)で挽いた跡も見える。名のある作家物ではないかもしれないが、真面目な手作り物のようだ。「高田」という窯元が日本のどこかにあるのだろう。11年間、私に愛用されてきた飯碗、残念ながらその素性もはっきりしないまま、他の6個の食器が眠る粗忽塚へ葬られた。
          

 注1:土物とも言う。小鹿田焼、備前焼、信楽焼、唐津焼、壺屋焼などは陶器で、それに対し、磁器のことは石物とも言い、有田焼、久谷焼、砥部焼、青磁、白磁などは磁器となる。広辞苑によると、陶器は素地が十分焼き締まらず吸水性があり、不透明な焼物。磁器は素地がよく焼き締ってガラス化し、吸水性のない純白透明性の焼物とある。

 記:2005.1.31 ガジ丸

 追記:窯元「高田」について
 「青磁のように見えたが、陶器(注1)であった。」は間違い。割れ口の色と、碗を叩いたときの音とで陶器と判断したのだが、またもや知ったかぶりの生兵法であった。割れた飯碗は、調べたところ、「青磁のように見えた」通り青磁であった。
 飯碗の出所は、熊本県八代市の高田焼(こうだやき)。高田焼は、400年余の歴史と伝統を持つ、熊本を代表する焼物で、象嵌をほどこした青磁系の陶器。
 福岡県赤池町上野にある上野焼(あがのやき)の窯元の一つに高田窯(たかたがま)というのがあったが、こっちの方は陶器であった。

 記:2005.2.7 島乃ガジ丸

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