ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

猫の糞一つ

2011年05月06日 | ガジ丸通信-政治・経済

 2009年の今頃、どこからともなくやってきた若い猫が、それまでアパートの周りにいた野良猫共を蹴散らして、この辺りの親分となった。
  「親分になりやした」と彼から聞いたわけでは無い。「奴が親分です」とその他の猫共から聞いたわけでも無い。猫の喧嘩する声を聞いて窓を開けると、彼と他の猫が睨みあって、威嚇しあって、結果、他の猫が逃げて行くのを何度も目撃して、「この新入りは喧嘩の強い猫だ」と認識したことと、以来、アパートの庭や、私の部屋のベランダで寝そべっているのが概ね彼に代わったということから、そう判断できた。

 この親分猫のことを仮にトラキョウ(虎斑で強い)とし、その頃、隣の住人が半飼い(家に出入りさせ、餌を与えているが、完全に飼ってはいない)していた猫のことを仮にチャノン(茶毛で呑気)とする。チャノンは食うのに困らず、自由であった。
 自由でありながら食うに困らないというのは、生きる上で大きな自信になる。その自信は時に、鼻持ちならない態度として現れる。チャノンは私の畑のシマラッキョウの上に寝そべって、こっちが睨んでも、「何だ、文句あっか?」というような態度であった。
 それに比べ、トラキョウは私に対して常に謙虚な態度である。階段などで偶然出会った時、一瞬目が合って、互いに立ち止まるが、彼はさっと身を翻して、去って行く。私は彼を蹴飛ばしたことも無く、出会ったら蹴飛ばしてやろうという気も全く無い。敵意はこれっぽっちもないのに、彼は私を畏れてくれる。謙虚な猫だと感じる。
          

 トラキョウはまた、アパートの周辺を縄張りにしているのにも関わらず、私の部屋の周りに糞を垂れない。チャノンは私の畑に何度も糞を垂れていたが、トラキョウは畑にも垂れたことが無い。トラキョウが縄張りとしているせいかどうか知らないが、チャノンがいなくなってちょうど丸一年になるが、それ以来、私の畑に猫の糞は無い。
 なんていう理由もあって、私は、アパートの周辺をうろつくここ20年近い間の、あまたの野良猫の中でも、トラキョウは気に入っている。猫に限らず、ペットを飼うことが嫌い(面倒なので)な私は、気に入っているからといって飼う気はさらさら無いのだが、トラキョウに会うと、「よっ、元気か?」と心の中で声を掛けている。
  そのトラキョウ、二年前に初めて見た時はまだ2、3歳位の若猫だったと思う。少年の顔をしていた。そうだとすると、今は4、5歳だ、まだ若い、青年だ。ところが、先日見たトラキョウは随分年取っているように見えた。目に力が無かった。病気でもしているのかと思った。その日(4月19日)以来、トラキョウを見かけない。
          

 宜野湾のMy畑にも野良猫はやってくる。白一色の奴と、白黒斑の奴をこれまでに目撃している。その内、白一色の奴は頻繁にやってくる。My畑には猫の糞が毎度毎度、あちこちに垂れられているが、おそらく、その白一色の仕業に違いないと思う。
 でも今はもう、猫の糞は無視している。糞一ついちいち片付けたからといって、それが無くなることは無いと悟ったからだ。白一色猫がいる限り、糞は無くならないし、たとえ白一色猫を抹殺したって、次の猫がやってくるはず。思うに、敵の大将一人リンチ処分しても、仲間の怒りを買うだけのような気がする。融和しなきゃ、問題は解決しないと思う。

 記:2011.5.6 島乃ガジ丸 →今週の画像(やってきた頃のトラキョウ 先日のトラキョウ

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