ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

愛媛高知の旅2006春-四万十編

2014年02月18日 | ガジ丸の旅日記

 10、四万十川トボトボ旅

  三日目の夜の宿泊は、四万十市中村(つい最近まで中村市)のホテル。JR中村駅の近くにある。江川崎から中村までの道のりは約39キロメートル。当初は、沖縄で計画を立てている時にはこの距離、歩こうかと考えていた。しかし39キロメートル、少なく見積もっても10時間はかかる。11時に出て、夜9時に着く。着ければいいが、途中迷ったら野宿ということになる。へたしたら「沖縄のオジサン四万十で行方不明」なんてニュースになりかねない。よって、歩くのは途中の口屋内までとした。
 江川崎から口屋内までは約16キロメートル。テクテク歩いて4時間、トボトボ歩いて4時間半と見 積もる。実際には、途中雨に降られたりして5時間かかった。
     

 雨に降られる前の約4時間はのんびり歩いた。四万十川沿いの県道441号線を、道々写真を撮りながら歩いた。歩道のある広い道もあったが、その多くは車同士すれ違うことができないような狭い道、車はたびたび行き交うが、歩く人は私以外にいない道をトボトボ歩く。「酔狂な奴がいるぜ」と何人かの運転手は思ったかもしれない。
 空は曇っていたが、風は涼しかった。ウグイスがあちこちで鳴いており、トンビが悠然と空を飛んで いた。途中、今でも薪で風呂を沸かしているんだなと思われる薪の積まれた家があった。見事(私の感性では美しい)な石垣の家であった。つい最近田植えをやったんだなと思われる田んぼがあった、田植えの時の足跡がくっきり残っていた。何のまじないか知らないが、犬の?と思われる頭蓋骨がコンクリート塀の上に置かれてあった。
 四万十川、川沿いの道をトボトボ歩く旅は、まったく退屈しない旅であった。草木の写真や動物の写真もたくさん撮れた。なもんで、歩いている私の顔はきっとにやけていたに違いない。「おかしな奴がいるぜ」と何人かの運転手は思ったかもしれない。
     
     
     

 11、脳から虫

  441号線の道端にはハルジオン(ヒメジョオンかもしれない)が目立った。花が無いので目立っては無いが、ノカラムシはそれ以上に蔓延っていた。それらの道端の雑草を眺めながら歩いていると、同じ虫をいくつも、あちらこちらで何度も見かけた。白黒模様のカミキリムシと、黒と黄色の綺麗な模様をした蝶か蛾の幼虫である。
 白黒のカミキリムシは、松山でも道端のノカラムシの上で見たが、ラミーカミキリという名前で、種子島以北に生息し、沖縄にはいない。(北隆館発行『日本の甲虫』参考)
幼虫については名称不詳。沖縄で撮った蝶蛾の 幼虫も多くあり、それらのほとんどもまた名称不詳なのであるが、それらを含めた中で、四万十の道端の、ノカラムシの上で見つけたこの幼虫は、もっとも綺麗な幼虫なのではないかと思った。しばらく眺めていた。
 友人のE子は虫嫌いで、特に蝶蛾の幼虫が大嫌いで、私が撮った幼虫の写真を見るのも嫌がる。そんな彼女から見れば、四万十の道端で、腰を下ろして幼虫をじっくり眺めている私の行為は考えられないことに違いない。脳から虫が湧き出てくるのを想像するくらい気持ち悪いことなのかもしれない。ノカラムシの幼虫を眺めながら、ノカラムシ、脳から虫を私も連想してしまった。脳から虫は、私も気持ち悪く感じた。
     
     
     

  追記:訂正と補足
 ラミーカミキリを調べていたら、カラムシの上でよく見られるとの記述があった。カラムシについてはノカラムシの頁で少し書いているが、実物を私は知らなかった。で、調べる。カラムシは苧と書き、イラクサ科の多年草。見た目がノカラムシとそっくりなので、てっきりノカラムシと思ったのだが、ノカラムシの分布は琉球列島を北限としているとのこと。ノカラムシはカラムシの変種。
 カラムシの学名はBoehmeria nivea。
 ノカラムシはBoehmeria nivea var. nipononivea f. viridula
 ラミーカミキリの名前の由来となっているラミーもまた、カラムシの変種で、学名は   Boehmeria nivea var. candicansとなっている。

 12、四万十川トホホの旅

  江川崎から口屋内(くちやない)までは約16キロメートル。昔風に言えば四里。その四分の三、三里を歩いたところで休憩所があった。一服する。2時50分。江川崎から4時間歩いたことになる。途中狭い道もあり、そこを10tダンプが通ったりして恐い思いをした。途中暗い道もあり、薄気味悪い思いもした。が、この三里の道程は、空は曇っていたが、雨は落ちず、涼しい風が吹いていて、概ね気分の良い散歩であった。のんびり歩き、景色を眺め、虫や鳥、花を見つけては立ち止まり、たくさんの写真を撮った。
 休憩所に着く少し前からポツポツ降りだした雨 が、タバコに火をつけたとたん本降りとなり、やがて土砂降りとなった。運が良いのか悪いのか判らないが、とりあえず、雨が弱くなるまでそこで待つことにする。約30分の休憩となる。
 そこからの一里は傘を差して、足元を見つめて、黙々と歩く一里となる。このことを故事として、「景色を眺めることも無く、ただ黙々と歩くこと」を「一里夢中」という四字熟語で、遠い将来、言い表すようなことになるかもしれない。
     

 その一里は、まったくトホホの旅となった。雨は時々強くなるし、山のことなので風が強く、ただでさ え小さい折り畳み傘がその強風で引っくり返され、骨が2本折れて、さらに小さくなってしまった。その小さい傘をバッグが濡れないように差して歩いたので、体はいくらか濡れてしまった。いつもより速く歩いているせいで、体は汗でも濡れていた。「ビールが旨い、ビールが旨い」と、後のビールを想像し、リズムをとって歩いた。
 4時過ぎ、口屋内に着く。そこには民宿があった。こんな淋しいところに宿泊する人って四万十川の研究者か何かだろうかと初め思ったが、民宿の名前に舟がついているのを見て判った。たぶん、鮎釣をする人たちのための民宿なのである。「そうだ!鮎だ!」と思い出した。鮎を食べるために私は四万十へ来たのであった。「よっしゃ!四万十の天然鮎を食うぞ!その前にビールを飲むぞ!」と、それらのありそうな店を探した。
     
     
     

 13、テレビ取材中

  郵便局があったので中へ入り、局員に、ビールが飲めて食事のできる場所と、中村行きのバス停の場所を訊いた。すぐ近くに食堂があるとのこと。バス停はそこから徒歩30秒の場所にあるとのこと。その通り、すぐ近くに食堂があった。入った。
 食堂は婆さんが二人でやっている店。4時過ぎという時間帯にしては客が多い。何かワサワサしている。構わず、空いているテーブルへ座る。
 「お客さん、もう遅い時間で料理残ってないけど、いい?」とカウンターの向こうから婆さんの一人が声をかける。さらに、その婆さんはカウンターから出てきて、
 「ここにある料理、どれでも好きなだけ食べて1000円」と言う。カウンターの上には10種類くらいの料理が皿に盛られてあった。
  「バイキング形式なの?」と訊くと、「そう」とのことであった。
 「それよりも、先ず、ビールください。」と私は頼んで、待ちに待ったビールを飲む。これこそが至福の時、めったに味わえない旨いビールであった。
     

 ワサワサしていた理由は、6人ほどの団体客が、じつは客で無くてテレビの取材チームであったからだ。ディレクターがいて、インタビュワーがいて、カメラマンがいて、ライティングがいて、もう一人はおそらく運転手。その中のディレクターらしき人が、
 「すみません、NHK高知のものです。テレビ番組の撮影です。少しの間ガサガサしますが、気にしないでください。」と言ってくれた。で、気にせず私は飲み、食った。
  撮影は3日前からやっているとのこと。6人は泊り込みの仕事で、今日が最終日とのこと。で、その最後の日の、最後の時間に、漁師があるものを持ってくるのを待っていた。私が2本目のビールを頼んだ時、そのあるものがやってきた。テナガエビであった。テナガエビの唐揚げを婆さんが作り、その過程を撮って、番組の撮影は終わりとなった。
 獲れたてのテナガエビの、揚げたての唐揚げを、私も食べさせてもらった。テレビの撮影が無ければ、こんな幸運も無かったに違いない。ところが、肝心の鮎が無かった。訊けば、今年は不漁で、天然鮎はまだ数が少ないとのこと。残念な事であった。
 その店に置いてある食い物はタケノコの煮物などであったが、一つ、珍しい食い物があった。苦味があって、酒の肴に合う。クサリナという名前であったが、詳細は不明。
     
     

 14、遅れないバス

  口屋内から中村へ行くバスは日に3本しかない。私がビールを飲みながら待っているのはその最終便。5時35分の発。待っている場所からバス停までは30秒。5時30分に出て十分間に合う。「沖縄から来た」ということを肴に、婆さん二人とユンタク(おしゃべり)し、NHKの取材班とも声を交わし、テナガエビを食い、タケノコを食い、クサリナを食い、ビール大瓶2本を飲み干して、5時30分、店を出る。
 バス停までは30秒かからなかった。バス停には爺さんが一人立っていた。
 「中村行きのバスはここで待てば良いですね?」と念のために訊いた。爺さんは、
 「あー、そうだけど。でも、もうバスは出たよ。」と答えた。ここのバスは、客がいない時は早めに出たりすることもあるのだそうだ。沖縄のバスは時刻に遅れるのが当たり前だが、ここのバスは遅れるどころか・・・なのであった。

 遅れないバスは私を送れない、なんて洒落言っている場合じゃないのだ。どうする?オジサン。中村まで23キロ、今さら歩いてなんてできない距離だ。店に戻って、タクシーを呼んでもらうことにした。が、ここにタクシーは無いとのこと。のんびりビールを飲んでいたばかりに沖縄のオジサン、ピンチ、どうする?
  婆さんの知人に昔タクシーの運転手をやっていた人がいて、その人に頼んでみるとのこと。で、了解を得る。助かった。中村まで5千円の出費となったが、無事、ホテルに着くことができた。旅は道連れ、世は情けであった。ありがとうございました。
     

 ホテルに着いて、荷物を置いて、飲み屋を探す。が、大雨で、骨の折れた傘を差して歩くには少しきつかった。15分で諦めてホテルに戻る。ホテルのレストランに入る。ここで思いがけず、天然鮎に遭遇する。小ぶりの鮎であったが1200円した。さすが天然、しかも出始め、なのであった。もちろん、美味しかった。
 レストランでテレビのニュースを見る。高知地方は梅雨入りとのことであった。
     

 記:ガジ丸 2006.6.17~6.19  →ガジ丸の旅日記目次

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