ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

自然の不思議・ヘチマ

2016年06月24日 | ガジ丸の日常

 赤道近辺から緯度の高い地域までそうであれという話ではなく、私の住む沖縄地方ならそうあって欲しいという私の願望。夏の最高気温は30度程度、冬の最低気温は15度程度、台風は最大風速が30メートル程度で、夏の間に3~4個やってきて海水を掻き混ぜてくれる。雨はシトシト降ったり、土砂降りだったりが夏の間は台風時も含め週に2回前後、冬の間は週に1回前後あり、夏の間は曇りが多く、冬の間は晴れが多い。
 私が自然を司る神様だったら、沖縄地方はそんな気象にしてあげたい、と思って、そうなったらいいなぁと思って、そうなったらどうなるか?を妄想してみた。
 畑を耕してさえいれば天気が味方して作物は順調に生育し、十分の収穫を得、生きていける。したがって、人々はのんびり性格となる。のんびり性格は争わない、みんなが仲良しとなる。一方、のんびり性格は努力をしない、上を目指さない、より良い生活を目指しての工夫をしない、考える力が発達しない、科学も発達しない、などとなる。
 のんびりした社会、争わない社会は私の大好物だ。科学が発達しなくても「生きていけるんだからそれでいいさぁ」と私は思うのである。しかしながら・・・、
          

 自然は天気だけではない。他の動植物がたくさん生きていて、その中には畑の作物に害を与えるものがいる。そういった者が大発生して作物がほとんど収穫できないなんてこともある。天気が農夫の都合通り行ったとしても、収獲が順調という訳ではないのだ。
 害虫だけでなく他の動物に食われることもある。他の動物には人間の野菜泥棒も含まれる。というわけで、収獲が無いという事態は大いにありうることである。
 収獲が無い時のためにも蓄えが必要となる。のんびりばかりもしていられない。どうやって蓄えるかなど、考える力が必要となる、工夫と努力も必要である。そもそも、天気が農夫の望み通りにいく訳もない。自然は手強いのである。手強い自然を相手にどうする?科学の力を借りて戦うか、寄り添って生きるかのどっちかだが・・・。
          

 今年の沖縄の梅雨、夜中に大雨が降って、昼間は曇りか晴れという日が多かった。曇りの日も気温は例年より高めだったが、晴れると、真夏のような暑さとなった。それはまったく、前代未聞の異常気象と言っていい。大丈夫か地球?と思ってしまう。
 そんな激しい暑さの中、オジサンは老骨に鞭打ってコツコツと畑作業をし、家に帰るとグッタリして、酒飲む以外には他に何かやる元気もなく、筋トレを怠け、掃除を怠け、引っ越し準備のためのダンシャリも怠けダラダラと過ごしていた。
 そんなグウタラオジサンに自然は罰を与えるかのように、畑の作物が上手く育ってくれない。畑の作物から自然の不思議を私は思い知らされている。
          
          
          

 梅雨時から、畑ではゴーヤー、ナーベーラー(ヘチマ)、モーウイ(シロウリ)、シブイ(トウガン)、キュウリ、オクラなどの夏野菜がしきりに花を咲かせている。
 オクラは既に毎日実を着けており、6月中旬からは1日10本ほどの収穫がある。シブイとキュウリは雄花も雌花も咲いたが、私の受粉作業のやり方が悪いのかまだ実になっていない。モーウイは既に5月30日に1個は収穫済み、ところがその後、雄花も雌花も咲き、受粉作業もやっているが、実は育ってくれない。ゴーヤーは虫媒花と思われ、毎年勝手に実を着けてくれ、今年も5月下旬には実を着け2センチ程まで育ったが、それはいつの間にか消えてしまって、それ以降雌花が1つも咲かない。不思議なことである。
 ナーベーラーにいたってはもっと不思議。3月中旬から蔓が伸び始め、5月上旬には雌花がいくつも咲いた。が、その時雄花は1個も咲いてくれなかった。それがまた、5月中旬になると雄花が咲きだし、どんどんその数を増やしていったが、しかし、今度は雌花が1個も咲いてくれない。何故そうなるのか?答えは見つからない。
 「グウタラなお前なんぞに実をくれてやるもんか」なのかもしれない。まあ、そんな不思議が面白くて、畑仕事を楽しんでいるといってもいいのだが。
          
          

 その後、6月10日、やっとナーベーラーの雌花が咲いた。雄花はその時いくつも咲いていたので早速受粉作業を行う。そのヘチマは順調に生育し6月19日、今季初収穫となる。その日さっそくソテーし、酒の肴となった。もちろん美味かった。
 であるが、6月10日の1個を最後に、ナーベーラーはまたも雌花が咲かなくなった。「グウタラなお前には1個で十分だろう」ということなのかもしれない。いやいや、もう少し真面目に考えると、まだ蔓が十分成長しないうちに実を着けると株が弱る。なので、十分成長してから雌花と雄花が一緒に咲くようになって着果する・・・という自然の仕組みではないかと。自然は自然に生き残る技を発揮しているのかもしれない。
 人間も自然物の1つと考えれば、自然はきっと人間が生きるのを許しているはず。であれば、自然を戦う相手とするのではなく、寄り添って生きるのが自然だと思う。
          
          
          

 記:2016.6.19 ガジ丸 →ガジ丸の生活目次

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