ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

ウワイスーコー(終わり焼香)

2010年12月18日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 春おばさん 

 お魚咥えた野良猫追いかけて、裸で駆けていく陽気なオバサンが、公然猥褻法違反で警察にしょっぴかれた。オバサンは言い訳する。「だって、今晩のおかずの魚を台所に置いたまま風呂に入っていたのよ。風呂から出たらちょうど猫が魚を咥えて逃げるとこだったのよ。そしたらさ、誰だって慌てて追いかけるじゃない。」とのこと。
 買物しようと街まで出掛けたら、財布を忘れた愉快なオバサンもまた、別にいたらしいが、“春おばさん”はしかし、そんな呑気なオバサンたちの話ではない。

 先週土曜日、私の両親と従姉と4人で恩納村の山田という部落へ出掛けた。私の伯母、父親の姉に当たる春おばさん(と私や私の兄弟、いとこたちは呼んでいた)の三十三年忌で、春おばさんの嫁ぎ先の家へ行ったのであった。
 三十三年忌は、概ね本土でもそうらしいが、死んだ人もこれで神になるので、以後は年忌を行わなくても良いとされている最後の法要となっている。念のため『沖縄大百科事典』を見ると、「死後33年目の回忌。県内ではおおかたこれを最後の年忌とする。このため沖縄本島では三十三年忌(ニンチ)をウワイスーコー(終り焼香)という。石垣ではウフショッコー(大焼香)という。・・・以下略」と書かれている。
 「概ね本土でもそうらしい」と書いたが、聞いてみると、三十七年忌、四十三年忌、四十七年忌、五十年忌をやるところもあるらしい。五十年忌が最後とのことである。
 まあ、倭国のことは置いといて、沖縄の三十三年忌、仏前に供えるご馳走も他の法事の時とは違って、赤いカマボコが入っていた。神になる日は、めでたい日なのであった。

 子供の頃、毎年毎年お年玉を貰い、誕生日プレゼントを貰い、クリスマスプレゼントも貰い、時々レストランにも連れて行って貰い、遊園地にも連れて行ってもらった春おばさんは、戦争で夫を亡くし、戦後は父母と私の父がいる実家に戻って暮らした。だから、私が物心ついたときから春おばさんは傍にいた。そんなごく身近な存在であったのにも関わらず、私は彼女が亡くなった時のことをよく覚えていない。そしてまた、私は今回の法事で確認するまで、彼女の性を知らなかった。金城春子という名前がユタ(お祈りする人、詳細はいずれ別項で)の手元にある紙に書かれてあった。何とも薄情な甥なのであった。
 春おばさんは、使うお金がドルから円に替わるのを経験していない。沖縄が本土復帰した年の2月に亡くなっている。復帰はその3ヶ月後の5月15日であった。
 若くして未亡人となり、以後は再婚することもなく弟家族と暮らした春おばさん。戦争を起こしたあげく、本土を守るためだといって沖縄を捨石のように扱い、多くの人々を不幸にした日本。そんな国への復帰。彼女はどう感じていたのであろうか。
     

 記:ガジ丸 2005.3.11 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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