ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

アキが来た

2007年05月11日 | ガジ丸通信-音楽・映画

 「夏は来ぬ」を「なつはこぬ」と読む国語が苦手なH画伯でも、童謡「春が来た」を「はるがこた」などと読んだりはしない。今でこそふてぶてしい面構えをしているが、彼も小学生の頃は無邪気な子供で、「はーるがきーたー、はーるがきーたー」と歌っていた。中学生になると生意気になり、音楽の授業でもまともに歌うことなどしない。「うーのはなーのにおうかきねに」なんて、真面目に歌ったことは、たぶんあるまい。
 季節には敏感であって欲しい画家であるにも関わらず、彼は季節にあまり頓着しない。彼にとって絵とは、そこに描くものがあって、それをただ描くだけのことらしい。
 季節に頓着しない彼はまた、ウチナーンチュらしく面倒臭がり屋でもある。面倒臭がり屋はたいてい飽きっぽい性格をしている。よって彼は、「アキが来た」という文字を見たら、おそらく、「秋がきた」よりも「飽きがきた」と連想するであろう。しかし、表題の「アキが来た」は「飽きが来た」では無く、そして、「秋が来た」でもない。

 飽きの来ない歌を長く唄い続けているシンガーソングライター、亜紀が来た。1年ぶりの来沖。今週の火曜日、那覇でライブがあったので、聴きに行った。この1年、ガジ丸HPに時間を費やし、ゆっくり音楽を聴くことも少なく、彼女のCDも半年ばかり聴いていなかったので、久しぶりの鈴木亜紀となった。
  旅するピアノ弾きと自称する鈴木亜紀はその通り、旅をし、ピアノを弾いている。それだけで無く、詩を書き、曲をつけ、歌っている。若い女の感性を素直に、真っ直ぐ表現している。真っ直ぐな表現はしかし、作る方も難しいようだが、聴く方も難しい。
 心というものを表現するには、いったいどれだけの言葉が必要で、どんな言葉をどのように組み合わせたらいいのか、私には手に余るようなことである。心を表現するにはむしろ、言葉の無い音楽の方が適しているのでは無いか、むしろ、言葉よりは絵の方が適しているのでは無いかと、思ったりもする。フツーの表現は、ここでも難しい。
 飾りの言葉をたくさんちりばめて、美味しそうに見せる歌が世間には多くあるが、そういった歌が多くの人々に受け入られていたりするのだが、彼女は、飾りの無い表現に果敢に挑戦し続けている。彼女の歌は、言葉一つ一つに一所懸命が感じられて、私にとっては聴いていて気持ちがいい歌となっている。
          

 記:2005.9.30 ガジ丸

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 寝相の悪いドジ野郎 | トップ | マネリズム、マンネリズム »

関連するみんなの記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。