ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

腰痛対策

2017年08月25日 | ガジ丸の日常

 先々週木曜日(8月10日)、映画を観に行った。映画館は、おそらくここ10年、そこへしか行っていないであろういつもの桜坂劇場。観たい作品があったわけではなく、8月12日が期限の招待券があったから。午前中の畑仕事を終え、バスで向かう。
 桜坂劇場から毎月送られてくる「桜坂ファンクラブ」という小冊子、上映される映画のスケジュールと、上映される映画の紹介が載っている。それを見ながら選びに選んだ作品は『まぶいぐみ』。沖縄関連の映画ということだけが選んだ理由。
 『まぶいぐみ』、私が感じた限りで言えば、家族って素晴らしい、故郷って素晴らしいを描いた作品。ナダ(涙)ウルウルした箇所も少しあったが、概ねは私の想像の範囲内にあって、特に印象に残るシーンは無かった。ので、その感想も特に無い。
 ちなみに、「まぶいぐみ」とは沖縄語、マブイは「魂」、クミは「込め」で「魂を込める」という意になる。例えば、事故などにあってとても驚いて呆けたようになった時、マブイグミの儀式を行う。私も子供の頃、祖母によくマブイグミをしてもらった。
     

 今回の話は映画では無く腰痛。その日、映画が終わって椅子から立ち上がった時、腰に激しい痛みを感じた。その時その痛みは一瞬だけだったが、映画館から出てバス停まで歩いている間にその激しい痛みがしばしば腰を襲った。痛みでスタスタ歩けない、老人のようなゆっくりとした歩みになる。しかも、激しく痛むとゆっくりも歩けず立ち止まる。
 しばしば立ち止まり、「うーん」と低いうなり声をあげ、そしてまたゆっくり歩くを繰り返してやっとバス停に着く。その間に、「これでは明日からオジーだぞ俺は。畑仕事で腰が痛くなるのは解るが、何だこの痛みは?」と自分に問うて、そして「映画館での姿勢だな原因は」と判断した。長い時間腰掛けてパソコン作業をした時にも痛みが出る。映画館での姿勢は、後ろの人の迷惑にならないよう背中を丸めている。パソコン作業の時よりもずっと深く腰が曲がっている。その姿勢を2時間も続けたのだ、それが原因。
 ということで帰りのバス、腰掛ける時、体を前に寄せ、座席には尻がちょこっと乗るだけにして、背筋を伸ばして座った。テレビの時代劇の、戦場で将几(しょうぎ)に腰掛けた武士の座り方だ。そしてさらに、脚から血液が上方に上がるよう貧乏ゆすりをした。家の近くのバス停までの約20分間、それを続けた。すると、痛みは消えていた。

 話は飛ぶが、長い間雨が降らない。7月は1ヶ月でたったの44ミリしかなく、8月はさらに酷い。昨日19日(これを書いているのは8月20日)までたったの5ミリだ。夏野菜のヘチマが全く実を着けない、ゴーヤーも数が少ない。グヮバも実が小さい。
 作物の生育も悪いが、私の健康も低調である。午前中の畑仕事を終え、家に帰って昼飯食った後、昼寝の習慣の無い私が昼寝している。それも約1時間はグダグダしている。夕方の仕事を終え家に帰るとグッタリ、死んだようになっている。何とか力を振り絞って料理して、シャワー浴びて、そして、ビール(発泡酒)を飲んで生き返っている。
 健康が低調なのは今日8月20日まで51日間連続、私に休みがないからということも考えられる。腰掛けての作業を毎日朝夕合わせて4時間前後やって腰も痛い。
     
     

 そういうことで、私は日常的に腰痛がある。であるが、映画館での腰を曲げた姿勢2時間は畑仕事よりも腰への負担が大きかったようだ。しかし、畑仕事での腰痛も過小評価はできないと思った。畑仕事での長い間の疲労が腰に来ているのだ。映画はそれまでに何度も観に行っているが、激しい腰痛を感じたのは今回が初めてだった。畑仕事での長い間の疲労蓄積による慢性腰痛が、今回の、映画鑑賞後の激しい腰痛の元なのだと思った。
 というわけで、映画館腰痛事件の後は、腰掛けての畑仕事の際も、4~5分に1回は手を休め数秒間背筋を伸ばすようにしている。さらに、休憩時間にはウォーキングができない(暑いので)代わりにその場踏みをしている。1回につき1000歩、それを1日に3~4回やっている。さらに、パソコン作業の際も背筋を伸ばしてやっている。
 そうやって約10日間が過ぎて、今、腰の調子はどうかというと、朝起きると痛みがあるが、しばらく動いていると痛みは消える。しかし、畑仕事をやると、やはり痛みが出てくる。休憩中にその場踏みすると痛みは和らぐ。毎日それの繰り返し。
 そこで、はたと気付いた。「疲労骨折しているかもしれない」と。骨折と言っても亀裂骨折の方、腰の骨のどこかにヒビが入っているに違いない。となれば、むやみに腰を使う運動をしてはいけないことになる。「背筋を伸ばして座る」はいいが、「その場踏み」は却って亀裂骨折を悪化させることになる。そこで、腰痛対策は方針転換。
     

 ここからは8月21日に書いている。この日は明け方ひと雨あって、畑へ出たのは8時半頃、作業を始めてしばらく後、10時頃にはまたひと雨、雨が上がった後30分ほどは作業を続けたが、雲行きがまたも怪しくなったので11時過ぎには引き上げる。
 家に帰って昼飯食った後、方針転換した腰痛対策を行う。それは何かというと瞑想。瞑想は私の趣味の一つであったが、そういえばもう長いことまとまった時間の瞑想をしていなかったことに気付く。5分10分の瞑想は時々やっていたが、この日は30分以上の瞑想をやった。目を閉じて、静かに息をして、体を動かさない。例えて言えば、野生の動物が怪我をして、洞窟の中に隠れ、じっと動かずにいて怪我を癒すみたいなもの。
 瞑想の後、昼寝する。昼寝から起きた後、いつもなら腰に痛みが出るが、さすが瞑想、この時はちっとも痛みが出ない。で、結論、「痛かったら安静にする」となった。
     

 ここからは8月24日に書いている。上述の21日以降、1日1回、昼飯食った後に約30分の瞑想を毎日続けた。瞑想の後に腰痛はちっとも無い。しかもその後、畑仕事をするまでの3~4時間は痛みがほとんど出ない。しかし、夕方畑へ行って腰掛けての作業をすると、30分も経たない内に腰痛がぶり返す。「痛かったら安静にする」という結論を得たのに、雨が降らないものだから畑が休めず、で、安静にできない。
 今日も畑仕事を朝夕合わせて実働4時間ほどやった。これで畑仕事の休日無しは55日連続となった。9月にあれこれの種播きがあるので、その準備に忙しいのだ。雨が降ったら休まなければならないので晴れている内に少しでも進めなければならないのだ。
 でも、休日が無いので腰痛が良くならない、腰痛があるので畑仕事を思いっきりできない、なので畑が遅れる、なので畑が休めない。というジレンマに陥っている。
     
     

 記:2017.8.21 島乃ガジ丸 →ガジ丸の生活目次


この記事をはてなブックマークに追加

温暖化の先

2017年08月18日 | ガジ丸の日常

 雨が降らない、ので、畑仕事を休んだ日がない、ので、休肝日もない。6月30日にまとまった雨が降って以降、これを書いている8月12日まで2、3度にわか雨が降った他は、畑仕事ができないほどの雨は降っていない。偶然にもこれを書いている途中、8月12日午後8時半頃からにわか雨となり、急に激しい雨となったが、10分ほど過ぎると雨脚は弱まった。その後、弱い雨は9時過ぎまで続いた。8月に入ってからは久々の雨量となったはず。カラカラに乾いて地割れしている畑も多少は潤ったに違いない。

 ここからは3日後の8月15日に書いている。12日のにわか雨はまあまあの雨量だったようで、翌13日、畑へ出勤するとカラカラだった畑の土が湿っていた。だいぶ前から空になっていたバケツに少し水が溜まっていた。しかし、だいぶ前から底をついていた裏の沼に溜まる程の雨量ではなかった。畑の土も14日にはカラカラに戻った。
     
     
     

 ここからは、それから2日後の8月17日に書いている。その後も今日までパラパラ降ったような形跡はあったが、畑の土を湿らすほどの雨はない。雨が降っていれば畑仕事は休み、降っていなくても、その前に豪雨があって畑の土がベチャベチャになっていても畑仕事は休みと決めているが、そんな、休まなければならないほどの雨が7月1日以降1日もない。少雨のせいか、畑の作物も生育が悪い。ゴーヤーもヘチマも実ができない。
 沖縄気象台のデータを見ると、2007年から去年2016年までの7月の雨量、その10年間で約1990ミリ、平均すると199ミリとなるが、今年は44ミリ。ただ、さらに酷い年があった。2013年の7月はたったの4.5ミリしかない。そういえばと思い出した。2013年の夏は大干ばつだった。ガジ丸の記事でもそれについて書いているはずだと調べたら、あった。2013年8月9日の週一日記に「雨が降らない、地割れが広がっている。6月18日以降ほとんど降っていない。」と書いてある。
     

 作物の生育が悪いのは少雨のせいだけではないかもしれない。私の肌感覚で言えば、今年の夏は気温が高い。私の感覚は歳のせいで鈍っているかもしれないので、沖縄気象台のデータで確認すると、2007年から2016年までの7月の平均最高気温は、32.5、32.3、32.2、31.2、31.8、31.8、32.9、32.1、31.6、32.6となっている。大干ばつだった2013年がやはり最も高く32.9度、去年も32.6度と高い、そう言えば、去年も私は「今日も糞暑い」と日記に何度も書いている。しかし今年は、それらを上回る33.3度。おそらく、観測史上最高で、観測史上初の33度台となっているはず。
 「アチ(暑)さよっ!沖縄がこんなに暑いとは思わなかったぜ、もう少し気温が下がらないと俺たちも成長できないぜ!」と作物たちは思っているかもしれない。
     

 ということで、温暖化について少し考えてみた。ここからは昨日17日に書いている。このまま年々温度が上がっていったらどうなるか?と考えてみた。
 先ず、これ以上暑くなったら私の体力は勝てない。夏の暑さに勝てる体力をつけるにはいろいろ努力が必要であろう。努力嫌いの私は、平均最高気温が34度を超えるようになったらたぶん、畑仕事を辞めているはず。そんな根性無しであることを認める。
 これ以上暑くなったら、今年でさえ出来の悪い作物がさらに不作となるはず。温暖化は沖縄だけの問題では無い。世界的に農作物の不作となったら、世界的な食糧難となり、餓死者が出て、その内、世界的な紛争、大戦争が起こるかもしれない。
 さらに暑さが何年も続いて増していったら、海のサンゴが死滅する。サンゴは海の大事な酸素供給源、サンゴが死滅したら他の海の動物たちも生きていけない。などと考えたなら、温暖化は人類の存亡の危機というだけでなく、地球存亡の危機となる。
     
     

 雨は12日に少し降った後、その後は降っていない。畑仕事の休日無しは48日間続いている。毎日あんまり暑くて、畑仕事を終えるとグッタリして、ビール飲まなきゃやっていけないと、今日も酒を飲んでいる。休肝日無しも7月17日から32日連続となった。そんな日常を過ごしている私だが、地球の片隅で、ほんの300坪の小さな畑で自給自足芋生活を目指している貧乏農夫の私だが、地球存亡の危機まで考えてしまった。
     

 記:2017.8.17 島乃ガジ丸 →ガジ丸の生活目次


この記事をはてなブックマークに追加

陰を慕いて

2017年07月28日 | ガジ丸の日常

 『影を慕いて』は歌謡曲のタイトル、1931年の発表なので私の祖父の世代の流行歌だ。私でも知っている有名な作曲家、古賀政男の作詞作曲。歌も私は少し知っていて「まぼろしの影を慕いて 雨の日に」までは口ずさむことができる。であるが、今回はその話では無く、表題は『陰を慕いて』。影は面影の影、こっちの陰は日陰の陰。

 この糞暑い時期、太陽が本気を出している日中は日向では動けない。腰掛けて作業ができる台車を、太陽の下でも使えるよう改造して上部にテントを張ったが、その日除けテントも「無いよりは増し」程度で、猛烈太陽光の前では焼け石に水、1度、日中(午前11時頃)使ってみたが、汗が顎からポタポタと滴り落ちてきて10分持たなかった。「いかん、このままじゃ熱中症だ、儲けもしない畑に命を掛けることは無い」と思った。
     
 その日以来、日中の畑仕事は諦めた。腰掛け台車は改造前に戻し、日中の仕事は陽が射していない時だけにしている。陽が射していない時とは太陽が上っても東の丘の陰がまだ畑に落ちている時、夕方、西の丘の陰が畑に落ちている時、そして曇りの時など。
 日の出日の入りは時期によって異なるが、私の畑ナッピバルの7月下旬辺りは日の出が午前6時少し前、陽の入りは午後7時少し後となっている。というわけで、寝坊していない日は朝6時から畑に出ている。この時期は概ね畝畔の除草をしている。
     
 畝のある箇所は畑の北西寄りにあり、朝6時にはその全てが陰となっている。1時間休みなしに除草作業をし、7時には畑の約6割が太陽に晒される。休憩後、まだ陰である北東寄りの畝に時間と共に順次、作業場所を代えて行く。農夫は陰を追っている。
     
     
 夕方5時はまだ畑のほとんどに陽が射しているが、バナナの立並ぶバナナの葉影の下の除草とか、ビワ並木の木陰の下の除草とかを少しやって、午後6時頃になると西の丘の陰が畑に落ちてくるので畝畔の除草を始め、6時半頃にはほぼ全面が陰となるので急ぎ箇所の除草をやっている。これが、夏の、晴れた日の、根性無し農夫の仕事サイクル。
     
     

 夏の、晴れた日の根性無し農夫は陰を慕っている。陰無しでは働けないのである。根性無し農夫は家でも太陽の光を嫌い、庭の縁側の周囲(上も右も左も)にテントを張り、駐車場側の窓には簾と、グリーンカーテンとなるアサガオを絡ませている。ところがそのアサガオ、目隠しの役には立っているが、遮光の役には立っていない。何しろその窓はほぼ北向きで、その窓から家の中に陽が射しこむということは無いからである。
     

 夏の、晴れた日の、根性無し農夫は陰を慕っているが、しかし、私の畑の南隣りの先輩農夫Tさんは、作物を確実に育て上げ、確実に市場に出すプロである上、根性有り農夫でもある。最近のTさんは6時半頃畑に出て来て、ほとんど陰の無い畑で働いている。
 根性無しは平均すると30分ほど働いた後、陰に入って20~30分は休んでいるが、根性有りは1時間に1回で5分程度しか休憩しない。根性無しは午前10時を過ぎるともう働かない。根性有りは11時過ぎまで日向で働いている。根性無しはその姿を眺めながら「すげぇー」と感心する。ただ、Tさんは70代、「無理していないか?」と心配になる。なので、時々はTさんが動いているかどうか確認するようにしている。
 もっとも、「俺は若い頃から鍛えている、心配ご無用。むしろ、お前の方こそ、そんなダラダラした働き方じゃあ、いつまで経っても一人前にはならないぞ。そんなダラダラした動き方では体も鍛えられないぞ。」なんてTさんに言われるかもしれない。
     

 記:2017.7.22 島乃ガジ丸 →ガジ丸の生活目次


この記事をはてなブックマークに追加

気触れる夏

2017年07月21日 | ガジ丸の日常

 今年2017年の夏、私は手足の痒みに悩まされている。靴下の締め付けが原因と思われるふくらはぎ近辺の痒みは去年までもあったが、今年はふくらはぎだけでなく手首から肘にかけても痒みがある。腕も脚も左右に湿疹のようなものができている。
 私が若い頃までは年に1回あったかどうかの最高気温33度超えが、数年前からよく聞くようになり、年に10回前後は33度超えとなった。沖縄気象台のデータを見ると、去年2016年の7月は33度超えが9日もあった。今年はしかし、それより酷いと私の体は感じている。梅雨明け以降、一日中雨でもない限りほぼ毎日が糞暑い。沖縄気象台のデータを見ると、去年までの10年間(7月8月)で12日しか無かった34度超えが、今年は昨日までに7日もある。それ以外の日はほぼ33度超え、糞暑いわけである。
 私の腕と脚の痒みはそんな暑さのせいなのか知れない。何しろ、冬場の涼しい時期はそういうことは起きない。脚は去年の夏まで時々あったが今年は腕までも痒い。
     

 初体験の腕の痒みの原因としては、上記の異常高温の他にも考えられることがある。1つは畑の草、1つは大家の庭の桃の木に着いているハダニ、1つは畑に異常発生しているツチイナゴの子供達、1つは畑にわんさかいる蜘蛛や他の虫たち。
 畑の草の内、この夏異常発生しているマツバゼリは重要参考人待遇だが、年がら年中私の草抜きの相手をしているチガヤも怪しい。チガヤの葉先はチクチクと肌を刺す。
     
 過日、庭に生っているモモ(台湾桃)の実を収穫して欲しいと大家さんに頼まれ、畑から脚立を持ってきて30~40個を収穫した。その際、モモの木には夥しい数のごく小さな虫がいて、私の顔から手に集ってきた。後で調べると、どうやらハダニの類らしい。
 去年までもタイワンツチイナゴは私の畑に多くいた。しかし今年は、去年までとは段違いにその数が多い。子供の数が夥しい量となっている。
     
 畑にはタイワンツチイナゴだけでなく、他の昆虫もわんさかいる。私は毎日数回は髪の毛に蜘蛛の巣を絡ませている。ハチの類も数種が私の周りをいつも飛んでいる。
     

 私のふくらはぎ近辺の脚や手首から肘にかけての腕がかぶれて痒い、と書いて、「かぶれる」を漢字変換したらパソコンは「被れる」とした。「被るは帽子をカブるの被るだろう?」と違和感を感じ、広辞苑を引く。「気触れる」と表記され「漆や膏薬などの刺激で皮膚に発疹や炎症がおこること」とあった。私の言うカブレルはその意の通り。ただし、その意味での漢字表記が「気触れる」ということは、私も初めて知った。
 「気触れる」もしかし、私には少々違和感があった。「ホントかよー」という気分である。「気触れる」の2つの漢字の間に「が」を入れると「気が触れる」となる。「気が触れる」は「気が変になる。発狂する。」(広辞苑)という意。「皮膚に発疹や炎症がおこること」と「気が変になる」ことと何の関係があるんだ?という違和感。
 ところがしかし、しばらく考えて、「あー、それ、ぴったしカンカン(って、もう死語か?)かも」と思い直した。「かぶれる」と痒い、痒さが酷くなると「気が変になる」ようになるかもしれない。私の脚と腕の痒さも日毎に酷くなって、「このままじゃ気が変になるかも」と思って、十数年ぶり、あるいは何十年かぶりにムヒを買った。ムヒのお陰さまで、私の2017年夏は、気触れてはいるが気が触れるまでには至っていない。
     

 記:2017.7.20 島乃ガジ丸 →ガジ丸の生活目次


この記事をはてなブックマークに追加

ボケカス人生

2017年07月07日 | ガジ丸の日常

 車を使わない生活を目指して、畑近くに引っ越した私であったが、忙しいとか寒いとかあれこれ言い訳して、引っ越してからまだ一度も家と畑を徒歩で往復したことは無い、ということを思い出して、長いこと散歩をしていないことも思い出して、そしてついに、1ヶ月ほど前(5月29日)、昼飯を食いに畑から家への往復を歩いてみた。
 畑から家まで(上り坂)16分、家から畑まで(下り坂)14分費やした。散歩を趣味としていた頃は「健脚だぜ」と自慢しても可笑しくなかった我が足腰が、散歩から遠ざかって2年余が過ぎた我が足腰は、上り坂の5分で草臥れた。息も上がっていた。
 「こりゃぁいかん、これでは死ぬまで元気に働くという目標が達成できないぞ」と反省して、その後、出来るだけ通勤は徒歩ということに・・・はなっていない。
 歩くには条件があれこれある。涼しい(歩いても汗が滲む程度)こと、雨が降っていないこと、通勤の際の荷物が少ないこと、他に出掛ける(歩いては遠い距離へ)用事が無いこと、畑が忙しくない(急いでやらなければならない作業が無い)こと、などなど。
     
     

 頻繁に散歩をしていた頃(5~6年前)までは、腰痛を感じることはほとんど無かったのに今は酷い。6月は、畑仕事を頑張ったせいで特に酷くなった。「腰が立たなくなったら将来が楽しくないぞ」と思い、1ヶ月ほど前に久々の筋トレをやった。「筋肉鍛えて腰痛緩和」ということ。そしたら2日後、筋肉痛にもなった。
 「無理はいかん」と思って、筋トレは以後中止。「やはり、歩くに限る」と思って、畑へは徒歩通勤と決めたのだが、「歩くには条件があれこれある」と上記した条件に合う日が来ない。梅雨の頃は雨で歩けず、晴れたら暑くて歩けずということで、徒歩通勤は5月29日にやったきり。1ヶ月余が過ぎた今はもう糞暑くて歩けない。
 散歩しない、休肝日は週一だけ、タバコも吸う血圧は高めの後期オジサンは、このまま心筋梗塞かなんかであの世へ行ったら「自己を律し、健康のために難儀なことも淡々とこなすことをしない、怠け者のボケカス人生」だったと言われるかもしれない。

 ボケカスと言えば、大雑把な性格の私は細かなミスを日常茶飯的に犯し、ボケ!カス!アホ!バカ!ノータリン!フラー!などと自分を罵ることがよくある。この間もそのようなこと、日常茶飯的なことに比べると、ずっと強烈なボケカスが1つあった。
     
 元々は沖縄の植物を紹介しようと始めたこのガジ丸HPなのだが、植物の紹介はしばらく休んでいた。「しばらく」とは2年余にもなる。それが4週前(6月9日)、2年余ぶりに「沖縄の草木」の記事イルカンダをアップし、翌週はベニバナクサギをアップした。ベニバナクサギをアップした後、家に帰ってアップ記事の確認作業中に「ボケ!カス!」と、思わず自分を罵ってしまうようなことに気付いてしまった。
 HPのサーバーが一杯になったので、記事の多くをブログのサーバーに移したのは2011年のこと。ただ、植物の記事は数が多く(当時約740題)、時間がかかると思い、「いずれやろう」と後回しにしていた。そして、ふと気付くと、2014年には記事の数が約850題となった。で、「いかん、このままでは移動作業がさらに面倒になる、植物の記事は中断だ」となったわけ。ということで、2年余の休みとなったわけ。
 休んでいる間に少しずつ移動作業をするつもりだったのだが、それをすっかり忘れていた。3週間ほど前から少しずつやっているが、とても時間がかかっている。
     

 HP記事を直接ブログにコピーするよりも記事を一旦メモ帳ファイルにした方が早い。それでも時間はかかる。雨の日にやったり、日中の暑い時間に、畑を休んでやっている。さらに、文章をブログにアップした後の画像の呼び出しがとても面倒で時間を費やす。移動作業は今日までに25時間ほどかけているが、まだ五分の一も終わっていない。
 「ボケ!カス!」と、最後にもう1度罵っておこう。罵るのも自分、罵られるのも自分だが、そうでもしなけりゃ気が収まらないぜ、「ボケ!カス!」。
     

 記:2017.7.4 島乃ガジ丸 →ガジ丸の生活目次


この記事をはてなブックマークに追加