カディスの緑の風

スペイン、アンダルシアのカディス県在住です。

現在は日本の古い映画にはまっています。

外国人評論家の成瀬巳喜男監督評価

2013-09-06 22:56:40 | 映画












成瀬巳喜男監督の映画、『浮雲』『女が階段を上る時』『晩菊』

という三本の作品を見たのにはわけがある。


それはこの三本がワンセットになって、英国アマゾンで販売されていたからである。


成瀬監督の映画は、『乱れる』も見ていたのだが、それはわたしがまだ

高校生の頃で、はるか昔のことだ。成瀬巳喜男、という名前も知らなかった。

ただ、加山雄三は当時、若大将として一世を風靡していたので、

テレビの映画劇場で『乱れる』をみて、イメージがずいぶんちがうな、

と思ったことが記憶にある。この映画も高峰秀子主演だったが、

かなり強烈な印象をわたしの脳裏に残した作品だった。


さて、『浮雲』『女が階段を上る時』『晩菊』の三本がなぜワンセットになって

いるか、理由はよくわからない。


でもそれぞれの作品には、Freda Freiberg (フリーダ・フリーバーグ)という

年配の女性映画評論家の解説とインタビューが付録としてついている。


彼女の解説を簡単に要約する。


海外では日本の監督として有名なのは小津、溝口、そしてクロサワで

成瀬はほとんど知られていなかった。

ところが近年、成瀬の作品が評価され始めてきた。

小津と溝口は「禅」と通じるものがあり、それが外国では

わかりやすく、親しみやすいので、おのずから人気もでたのだろうが、

成瀬には「禅」的なものはない。


計算され、もくろまれた場面の連続である小津や溝口の作品は

鑑賞者を現実逃避させるが、成瀬の作品はそれとは対照的に

あくまで有形、形而下の唯物的、具体的世界である。しかし、

観客の誰もがそうした現実に直面するガッツがあるわけではない。


断固たる現実主義の成瀬の作品にはヒーローも悪人も登場しない。

作中人物の誰もが、欠点をもった生身の人間なのである。


例えば小津の『東京物語』の紀子は原節子が演じているが、

その紀子はとってもいい子で、優等生で、純粋で、

およそ生身の女、とは思えない。

その原節子が成瀬の作品では町を歩き、酒を飲み、料理する女、

としての役柄を演じる。


成瀬は作中人物と観客を、同じレベルに置くのである。

だから民主主義的、と言えるであろう。小津が画面を

細かく仕組んだのに対し、成瀬はそうしたセットアップを

しない。だから役柄の暗い部分と明るい部分がおのずから浮き彫りにされる。

そして役柄に焦点をあわせ、決してモダニストスタイルではなく、

また政治的な仄めかしも一切避けて映画作りをした監督だった。





といった内容である。

また、成瀬映画の助監督だった石井輝男氏の2003年、フランスにおける

インタビューもDVDに含まれている。石井氏は「網走番外地」シリーズ

などを監督して有名だが、2005年に亡くなっている。


石井氏の言及。

成瀬チームに入って驚いたことは、ロケ地で、たとえば主役の池部良などが

通行人のエキストラとして背景を歩いたりしていることだった。

成瀬監督は自分の金はどんどん使って、おごったりするけれど、

会社の金づかいにはとてもきびしい、という美学を持った人だった。

成瀬監督は一つのシーンでたくさんのカットを撮るので有名だった。

あまりにもばらばらになりはしないか、と思うけれど、

編集された場面を見てみると、実に自然にカットがつながっている。


撮影の現場ではほとんど演技指導をしなかったが、あるとき

病人を見舞うシーンで、加東大介に、煙草を吸ってみてください、

と言うので加東が煙草をだしてくわえると、成瀬監督が

「この病人は肺をやられているんですよ。あなた、煙草が

吸えますか?」と聞く。

それで加東は、本番の時、病人を前に煙草を一本取出し

口にくわえ、火をつけようとする。病人がコンコン、と

咳をする。加東はたばこに火をつけずしまう、という演技をした。

成瀬監督の演技指導とはそういうものだった。そして彼のいわんと

するところを、さっと理解する俳優にも感嘆した。




映画を見るのも楽しいが、DVDにおまけとしてついているこうした

インタービューや外国人映画評論家の成瀬の評価を聞くのもまた

実に興味深い。



今年の夏は小津安二郎の映画をかなりまとめてみたけれど、

そのあと、成瀬巳喜男の作品を三本続けてみて、

フリーダ・フリーバーグが指摘したことは確かだ、と思った。

つまり、小津映画が計算された現実逃避の世界だとすれば

成瀬映画は徹底的にリアリズムの世界なのである。

映画の登場人物が等身大で描かれ、見るものと同格に

置かれている。観客のだれもが、そうした生の現実に

直面できるとは限らない。

成瀬の作品は、見る者の心理や人生をもろに投影してしまう。

だから、かなり好き嫌いがはっきりと分かれるのだろう、と思う。


英国アマゾンから入手できるDVDが限られているし、

日本のアマゾンのものは値段が高い。

見たい作品は多々あるけれど、残念ながらなかなか

簡単に見ることができない状況であるが、

これからも探し続けて、成瀬映画を追っかけていきたい。










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