仏典、聖書、ジョージ・アダムスキー氏により伝えられた宇宙精神文明

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狂気のヘーゲル哲学 哲学は科学ではない

2017年06月16日 19時49分05秒 | その他

アダムスキー派の人で何冊もの著書を出版されているある人が、今から30年あまり前のある講演会で「哲学は科学だ」と声高に主張されていました。
アダムスキー派の人では、「哲学は科学だ」と主張される人は多いようですが、それは本当に正しいのでしょうか?

私は、ある国立大学で哲学の授業を1年間受講しましたが、その時の教授は、科学を扱う自然科学系ではなく文科系の文学部の教授で、次のように言われていました。

「哲学なんて、ろくでもないくだらないものだ。
何の役にも立たない独りよがりの文章を書いた論文をリヤカーに山のように積んで提出して、それで博士号を取った。
その程度のあほらしいものだ。
こんなものは、何の役にも立たない。」

その教授の哲学の授業では、自然科学のように自然界の現象に基づく根拠や証拠が示されることはなく、単なる人の思考にしか過ぎないものが授業で話され続けました。
哲学には、自然界の現象や事実という根拠はないのです。つまり、哲学には、万物の創造主の法則は含まれていないのです。


例えば、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル (Georg Wilhelm Friedrich Hegel、1770年8月27日 - 1831年11月14日)は、哲学者として有名であり、「ヘーゲル哲学」という名前を聞かれた方も多いと思います。

ヘーゲル哲学の特徴を3つに絞ると、次のようになります:

(1)ヘーゲル全体系の終結点は、「国家」こそ絶対理性であり、国家の絶対性の前には、個人はないという命題を持つ。

(2)ヘーゲル体系の始発は精神現象学であるが、その現象学の精華は「主人と奴隷」の弁証法である。

(3)ヘーゲル論理学の公式は、正・反・合(テーゼ/アンチテーゼ/シンテーゼ)の弁証法である。


ここに書かれているものは、自然界の中には存在しないものばかりであり、どこかの狂人が好き勝手なことを言い張っている程度の代物です。

国家が絶対理性というのは、何を根拠に言っているのか分かりませんが、地球の歴史に登場する数多くの国家は、理性のかけらもない残虐な政策や戦争を行なってきたことは、歴史を少し学べば誰でも分かります。

「主人と奴隷」というのは、自然界には存在せず、人間社会を支配する金持ちや権力者が、自分たちの都合の良いように作り上げた狂気のシステムです。

60年代、70年代の左翼学生が良く使っていた「正・反・合(テーゼ/アンチテーゼ/シンテーゼ)」は、Aを正とし、BをAに対する反として設定し、AとBの対立・衝突を人為的に作り出して社会を動かすものです。
自然界には、ヘーゲルが言うような正反合のようなものはなく、共生、共存の関係が多く、肉食動物が草食動物を食べるような現象でも、おのずと節度が保たれています。
ライオンは、満腹の時には、目の前に餌の動物が来ても見向きもしません。ライオンは、愚かな人間がやっているような見境のない大量殺戮をやらないのです。

以上、例を挙げて述べたように、哲学は科学であると言うことはできないと私は考えています。

あえて言うとしたら、
「哲学とは、人間の好き勝手な考えである、場合によっては、狂気や妄想でしかない。」
「科学とは、宇宙・自然の現象や法則を、人間の言葉(文字、数式、化学反応式など)で言い表したものである。」
と言うべきです。


付録: 近代文明を支配するヘーゲル哲学

ヘーゲル論理学の公式は、正・反・合(テーゼ/アンチテーゼ/シンテーゼ)の弁証法です。
歴史を見ていくと、地球の近代の歴史には、正反合が非常に多く作り出されていることがわかります。

例えば、世界的には、
資本主義 vs 社会主義(共産主義)
民主主義 vs 全体主義(ファシズム、ナチス)
第一次世界大戦の同盟軍 vs 連合国
第二次世界大戦の枢軸国 vs 連合国

戦後の東側 vs 西側の冷戦、外交問題評議会CFRの機関誌フォーリン・アフェアーズに掲載されたジョージ・ケナン(CFR会員)のソ連封じ込め論文により体制を構築

冷戦後は、外交問題評議会CFRの機関誌フォーリン・アフェアーズに掲載されたサミュエル・P・ハンチントン(CFR会員)の「文明の衝突」理論に基づいて、イスラム文明とユダヤ・キリスト教文明の衝突が作り出され、「9.11以降のイスラム過激派陣営 vs 西側諸国(十字軍の再来)」は2つの文明を対立させるヘーゲルの正反合です。

地域的には、
NATO vs ワルシャワ条約機構軍 (鉄のカーテン)
東ドイツ vs 西ドイツ (東ベルリン vs 西ベルリン、ベルリンの壁)
北朝鮮 vs 韓国 (38度線)
北ベトナム vs 南ベトナム
キューバ vs アメリカ (キューバ危機)

アダムスキー氏は、サイレンスグループが世界を支配していると述べられており、その帝国を現代のバビロンと呼ばれています。
このような近代のヘーゲル哲学の正反合による支配の様相を見ると、ヘーゲル哲学は、サイレンスグループの御用哲学、政治戦略であると考えられます。

人間社会の支配者が「宇宙の英知」「万物の創造主」を無視してでっち上げた狂気のヘーゲル哲学が、現代社会を支配していることは、間違いないことと思われます。


この様相を、アントニー・サットン博士は次のように述べられています。

アントニー・サットン略歴
1925年イギリス生まれ。カナダを経て1957年にアメリカに渡り、後に帰化する。
イギリス・サウザンプトン大学、アメリカUCLA大学院ほかに学んで理学博士となり、UCLAやカリフォルニア州立大学(カルステイト)などで教鞭をふるう。1968~74年にスタンフォード大学フーヴァー研究所の研究員を務めた後、著述に専念。技術分野の専門研究からアメリカの闇の権力体制の暴露まで、幅広い著作を行なう。2002年6月17日死去。

Antony Sutton on "Left" versus "Right" and the Hegelian dialectic in American politics
アントニー・サットン:アメリカ政治における「左派 対 右派」及びヘーゲル弁証法に関して
出典:http://www.prisonplanet.com/analysis_sutton.html
Anthony Sutton アントニー・サットン
ネット掲載日 July 9 2003、2003年7月9日

How can there exist a common objective when members [of The Order of Skull and Bones] are apparently acting in opposition to one another?
スカル&ボーンズ結社の結社員が、明らかにお互いに対立して行動している時、共通の目的はどのように存在できるだろうか。
(補足: スカル&ボーンズは、アメリカのエール大学の秘密結社。ブッシュ大統領親子やケリー国務長官が結社員)

Probably the most difficult task in this work will be to get across to the reader what is really an elementary observation: that the objective of The Order is neither "left" nor "right."
恐らく、この論文の最も困難な任務は、スカル&ボーンズの目的は「左派」でも「右派」でもないという本当の基本的な観察を読者に理解させることであろう。
"Left" and "right" are artificial devices to bring about change, and the extremes of political left and political right are vital elements in a process of controlled change.
「左派」と「右派」は、変化をもたらすための人工的な装置である、そして政治的な極左と極右は、「管理された変化」のプロセスの活動的な要素である。

The answer to this seeming political puzzle lies in Hegelian logic.
この見かけの政治パズルに対する答えは、ヘーゲル論理学に存在している。
Remember that both Marx and Hitler, the extremes of "left" and "right" presented as textbook enemies, evolved out of the same philosophical system: Hegelianism.
マルクスとヒトラー、教科書で敵と教えられる左派と右派の両極端は、同一の哲学体系、即ちヘーゲル主義から生まれたことを思い出して欲しい。
That brings screams of intellectual anguish from Marxists and Nazis, but is well known to any student of political systems.
ヘーゲル主義はマルクス主義者とナチの知的な苦悶の叫び声をもたらしているが、しかし政治システムの全ての学生に良く知られている。
The dialectical process did not originate with Marx as Marxists claim, but with Fichte and Hegel in late 18th and early 19th century Germany.
弁証法的なプロセスは、マルクス主義者が主張するようにマルクスに起源を持つものではなく、18世紀後半から19世紀初めのドイツのフィヒテとヘーゲルに起源を持っていた。

In the dialectical process a clash of opposites brings about a synthesis.
弁証法的プロセスでは、対立者の衝突が「統合(合)」をもたらす。
For example, a clash of political left and political right brings about another political system, a synthesis of the two, niether left nor right.
例えば、政治的左派と政治的右派の衝突がもう1つの政治システム、即ち左でも右でもない2つの統合(合)をもたらす。
This conflict of opposites is essential to bring about change.
この対立者の衝突が変化をもたらすための不可欠な物である。

Today this process can be identified in the literature of the Trilateral Commission where "change" is promoted and "conflict management" is termed the means to bring about this change.
今日このプロセスは、トリラテラル・コミッション(日米欧三極委員会TC)の文献の中に確認することができ、そこでは「変化」は促進され、そして「衝突管理」はこの変化をもたらす方法であると称されている。

In the Hegelian system conflict is essential.
ヘーゲル主義システムでは衝突が不可欠である。
Furthermore, for Hegel and systems based on Hegel, the State is absolute.
さらに、ヘーゲルとヘーゲルに基づくシステムでは、国家が絶対的存在である。
The State requires complete obedience from the individual citizen.
国家は、個々の市民の完全な服従を要求する。
An individual does not exist for himself in these so-called organic systems but only to perform a role in the operation of the State...
これらのいわゆる有機体システム内では、個人は自分自身のために存在することはなく、国家の運営の中で役割を演じるだけである。
So who or what is the State? Obviously it's a self-appointed elite.
それでは国家とは誰であろうか、あるいは何であろうか?
明らかに、それは自ら任じたエリートである。

It is interesting that Fichte, who developed these ideas before Hegel, was a freemason, almost certainly Illuminati, and certainly was promoted by the Illuminati.
これらの概念をヘーゲルより前に発展させたフィヒテは、フリーメーソンであり、ほぼ間違いなくイルミナティであり、そして確実にイルミナティにより育てられて来たことは興味深い。

For example, Johann Wolfgang Goethe (Abaris in the Illuminati code) pushed Fichte for an appointment at Jena University.
例えば、ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ(イルミナティの暗号名アバリスAbaris)は、イエナ大学の役職にフィヒテを推薦した。
Furthermore, the Illuminati principle that the end justifies the means, a principle that Quigley scores as immoral and used by both The Group [Millner / Rhodes Round Table] and The Order, is rooted in Hegel.
さらに、キグリー教授が不道徳と非難し、グループ(ミルナー/ローズのラウンドテーブル)とスカル&ボーンズ結社の両方により使用されている「結果は手段を正当化する」というイルミナティの原理は、ヘーゲルにその根源を持っている。
...Most of us believe the State exists to serve the individual, not vice versa.
我々の大部分は、国家は個人に仕えるために存在すると信じている、その逆ではない。

The Order believes the opposite to most of us.
スカル&ボーンズ結社は、我々大部分とは真反対のことを信じている。
That is crucial to understanding what they are about.
スカル&ボーンズ結社が信じていることを理解することは極めて重要である。
So any discussion between left and right, while essential to promote the change, is never allowed to develop into a discussion along the lines of Jeffersonian democracy, i.e., the best government is least government.
そのため、左派と右派の間のあらゆる議論は、変化を促進するために不可欠であるのに、即ち、「最上の政府は最小の政府である」というジェファーソン主義者の民主主義の線に沿った議論へと発展することは決して許されない。
The discussion and the funding is always towards more state power, use of state power and away from individual rights.
その議論と資金力は、常により強い国家権力、国家権力の使用の方向に向いており、そして個人の権利から離れている。
So it doesn't matter from the viewpoint of The Order whether it is termed left, right, Democratic, Republican, secular or religious - so long as the discussion is kept within the framework of the State and the power of the State.
そのため、国家の枠組みと国家の権力の範囲内に議論が納められている限り、スカル&ボーンズの観点からは、左派、右派、民主党、共和党、非宗教的、または宗教的と名付けるかどうかはどちらでも良いことである。

This is the common feature between the seemingly dissimilar positions taken by members - they have a higher common objective in which clash of ideas is essential.
これは、結社員により取られている見かけ上異なるポジション(位置、立場)の間に存在する共通の様相である。彼らは概念の衝突を不可欠とする高度な共通の目的を持っている。

The operational history of The Order can only be understood within a framework of the Hegelian dialectic process.
スカル&ボーンズ結社の作戦の歴史は、ヘーゲル弁証法のプロセスの枠組みの範囲内でのみ理解できる。
Quite simply this is the notion that conflict creates history.
全く単純に、これは衝突が歴史を作り出すという概念である。

From this axiom it follows that controlled conflict can create a predetermined history.
この原理から、「管理された衝突」があらかじめ決定された歴史を作り出すことができるということになる。
for example: When the Trilateral Commission discusses "managed conflict", as it does extensively in its literature, the Commission implies the managed use of conflict for long run predetermined ends - not for the mere random exercise of manipulative control to solve a problem.
例えば:三極委員会が「管理された衝突」を議論する時、その文献に中で頻繁に行なわれているように、三極委員会は、長期間に渡る「あらかじめ決定された結末のために衝突」を管理して使用することを意味している。
問題を解くための操作コントロールの単なる無作為な実施のためではない。

The dialectic takes this Trilateral "managed conflict" process one step further.
弁証法は、この三極委員会の「管理された衝突」プロセスを1歩先に進めている。
In Hegelian terms, an existing force (the thesis) generates a counterforce (the antithesis).
ヘーゲル主義の用語では、既存の力(テーゼ)は、対抗力(アンチテーゼ)を生み出す。
Conflict between the two forces results in the forming of a synthesis.
2つの力の衝突は、ジンテーゼ(合)を形成する結果を生み出す。
Then the process starts all over again.
それから、プロセスは再び新たに始まる。
Thesis vs. antithesis results in synthesis.
テーゼ 対 アンチテーゼは、ジンテーゼを生み出す。

For Hegelians, the State is almighty, and seen as "the march of God on earth." Indeed, a state religion.
ヘーゲル主義者にとって、国家は全能であり、「神が地上を行軍している」とみなされる。実際に、国家宗教である。

We trace the extraordinary Skull and Bones influence in a major Hegelian conflict: Naziism vs. Communism.
主要なヘーゲル主義者の衝突であるナチズムと共産主義の対立に、異様なスカル&ボーンズの影響の後をたどることができる。

Skull and Bones members were in the dominant decision-making positions -- Bush, Harriman, Stimson, Lovett, and so on -- all Bonesmen, and instrumental in guiding the conflict through use of "right" and "left."
スカル&ボーンズ結社員は、支配的な意思決定の位置にいた---ブッシュ、ハリマン、スティムソン、ロヴェットなど---全てボーンズマンである、そして右派と左派を使用することによる衝突を導くための道具である。

They financed and encouraged the growths of both philosophies and controlled the outcome to a significant extent.
彼らは資金を出し2つの哲学の成長を発達させた、そして大規模に結果をコントロールした。
This was aided by the "reductionist" division in science, the opposite of historical "wholeness."
これは、科学の「還元主義者」により支援され、それは歴史の「全体説」の対抗物である。
By dividing science and learning into narrower and narrower segments, it became easier to control the whole throught the parts.
科学を分割し、そして狭い狭い部分に入り込んで学ぶと、部分を通して全体をコントロールすることが容易になった。

In education, the Dewey system was initiated and promoted by Skull and Bones members.
教育では、デューイ・システムが創始され、スカル&ボーンズ結社員により促進された。
Dewey was an ardent statist, and a believer in the Hegelian idea that the child exists to be trained to serve the State.
デューイは熱烈な国家統制主義者であり、そして子供は国家に奉仕するために訓練されるために存在しているというヘーゲル主義的概念の信者であった。
This requires suppression of individualist tendencies and a careful spoon-feeding of approved knowledge.
このためには、個人主義的傾向の抑圧を必要とし、そして承認された知識を注意深く食べさせることが必要である。

This manipulation of "left" and "right" on the domestic front is duplicated in the international field where "left" and "right" political structures are artificially constructed and collapsed in the drive for a one-world synthesis.
国内戦線に対する左派と右派のこの操作は、国際分野でも繰り返され、左派と右派の政治的構造が単一世界のジンテーゼ(合)を目指して人工的に構築され崩壊させられた。
College textbooks present war and revolution as more or less accidental results of conflicting forces.
大学の教科書は、戦争と革命は多かれ少なかれ衝突する力の偶然的な結果であると紹介している。
The decay of political negotiation into physical conflict comes about, according to these books, after valiant efforts to avoid war.
これらの教科書によれば、政治的交渉の物理的衝突への崩壊は、戦争を避けようとする勇敢な努力の後に起こる。
Unfortunately, this is nonsense. War is always a deliberate creative act by individuals.
不幸なことに、これは全く馬鹿げている。戦争は常に個人による計画的な創造行為である。

Western textbooks also have gigantic gaps.
西洋の教科書は、巨大なギャップも持っている。
For example, after World War II the Tribunals set up to investigate Nazi war criminals were careful to censor any materials recording Western assistance to Hitler.
例えば、第二次世界大戦後、ナチの戦争犯罪の調査のために開設された特別裁判所は、西洋社会がヒトラーを支援したことを記録するあらゆる資料を注意深く検閲した。
By the same token, Western textbooks on Soviet economic development omit any description of the economic and financial aid given to the 1917 Revolution and subsequent economic development by Western firms and banks.
同様に、西洋の教科書はソビエトの経済発展に関して、西洋企業と銀行により1917年の革命とその後の経済的発展に対して与えられた経済的資金的援助のあらゆる記述を削除している。
Revolution is always recorded as a spontaneous event by the politically or economically deprived against an autocratic state.
革命は、政治的または経済的に搾取された者による独裁国家に対抗する自然発生的な事象であると常に記録されている。
Never in Western textbooks will you find the evidence that revolutions need finance and the source of the finance in many cases traces back to Wall Street.
西洋の教科書では、革命は資金を必要とし、そして資金源は多くの場合、ウォール・ストリートにまで遡ることができるという証拠を見つけることは決してできないであろう。
Consequently it can be argued that our Western history is every bit as distorted, censored, and largely useless as that of Hitler's Germany or the soviet Union or Communist China.
結果として、我々の西洋の歴史は、ヒトラーのドイツやソビエト連邦や共産主義中国の歴史のように、あらゆる点でゆがめられ、検閲され、ほとんど使い物にならないと論じることができる。
No western foundation will award grants to investigate such topics, few Western academics can "survive" by researching such theses and certainly no major publisher will easily accept manuscripts reflecting such arguments.
そのようなテーマを調査するために資金を提供する西洋の財団は存在しない、そのようなテーマを研究することにより「生き残る」ことのできる西洋の学会はない、そしてそのような議論を反映した原稿を容易に受け入れる大出版社は絶対にない。

以上
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