大人のための歴史学

地方私大の日本史研究者です。「大人」の視点から歴史を眺め直してみませんか。

レビュー:NHK「英雄たちの選択」大村益次郎(下)

2017-03-19 07:21:17 | レビュー
そういえばひとつだけ強い違和感を感じた箇所があった。磯田氏が「現場」の実情や都合にとらわれていたら、改革などできない。それらを無視して合理的に物事を押し進めないと改革はできないと言っていたが果たしてそうか?

大村は村医として 幕藩体制の動揺を肌身で感じ、また洋書で学んだナポレオン軍の国民皆兵軍の強さと、対幕府戦争の現場指揮で経験した武士兵の限界(これは磯田氏自身も紹介していたはずだ) が符合するのを実感して、国民皆兵の道を選択したのではないか。

ちなみに太平洋戦争では、戦場の現場や実態とかけ離れた、軍中枢部の作戦立案や戦争遂行が敗北の大きな原因の一つになったことや、実態とかけ離れた非合理的ロジックやレトリックが軍の支配的空気だったことが問題だったこと、また軍の指導部が戦場で起きている戦法や装備の変化に目を向けず、守旧的な戦法や装備に固執し変化に対応できなかったことも問題点だったことは、例の『失敗の研究』にも触れられているのだが・・・。そして西南戦争での結果が 何よりもそれを証明している。

また例の魚市場移転問題もどこかの政治家やお役人達が自分たちの都合で動いていたことが問題を深刻にしているような気がする。この他にも大化の改新以後の律令制も末端では、従来の豪族層を郡司として巻き込み、貢納も結局彼らの旧来の支配関係を利用することによって、はじめて機能し得たことは、近年定説的な見方になっている。いかなる改革も現場や末端への考慮なくしては成り立たないというのが歴史の真相ではあるまいか。

磯田氏の言う「現場」サイドとは職業軍人や支配階層である武士のみに限られている感じだが、大村にとっての「現場」とは国家や社会全体の中での「現場」ではなかったか。彼の眼にはその時代の潮流や底流、あるいは世界の潮流、底流が映っていたような気がする。(了)
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