ブータンのワンチュク国王&ペマ王女は、福島県の被災地を訪問。
大勢の被災者を前に終始にこやかなワンチュク国王は、「私は皆さん全員と一人一人と抱き合いたいが、とても無理なので、そのつもりで妻を抱きます」と、こともなげに満面笑みで王妃を抱擁して、満場の喝采を浴びていたが、その自然な抱擁は、被災者に対する見舞いと早期復興へに願いと期待、それに歓迎への答礼とユーモアと、すべてが煮え詰まっているような、そんな雰囲気そのものであった。
かりに、同様の場で、天皇陛下が皇后、美智子皇后と抱擁したらどうだろう。(週刊文春と週刊新潮は待ってましたとばかりに喜ぶかもしれないが)まず先だってわが国にはそんな習慣がないとの言い分を差し引いたとしても、これが「国王」と「象徴」との違いかも、知れない。
中入り。
わが国は皇室・天皇家を、天皇一人を憲法で「象徴」と規定していて、それ以外は皇室典範の規定に委ねられたいる。ところで、NHKは大河ドラマ等では「皇室」「朝廷」を「王家」という表記が使われている。「王家と貴族の対立」、「平氏と源氏、そして王家と貴族----」と。わが国の歴史上、天皇を王、朝廷を王室、王家と言われたことはない。これがNHKの体質かも、と皇学館大学の本間一誠氏が「正論」誌で述べている。
あいにく天皇陛下は入院中で皇室晩餐会に欠席され、皇太子殿下が天皇のご名代として皇后共々出席された。しかしこの場合は雅子妃も出席するべきではないか。雅子妃も病気、か。週刊誌が趣味本位の取り上げる記事からの推測以外には知りえないが。こんな時こそ、雅子妃の経歴からしても独壇場であるべきだが、病気欠席ではブータン国王夫妻に対し礼を失していないか。と、これは下司の杞憂である。
中学生を前に「龍を見たか?」と。わたしは見た。龍は人の過去を食べて成長し、人の体の中にいると、なんと示唆に富んだ話----。
つねに笑みを浮かべてのそのおおらかな姿を見るにつけ、やはりブータンとわが国との歴史,習慣、立場の違いはともかくとして、天皇家にも人間としての自由があってしかるべきではないか。そう、あれ、いつの頃であったか、皇太子さんの結婚前頃、英国からの留学から帰国した当時であったか、割合自由な、現代の若者そのもののような、そんな皇室の一員としての教育を心がけていたように見えた。その証拠に、お一人で夜の新宿の繁華街を散策したような時期もあった。それがまた雅子妃との結婚に繋がって、新しい皇室の在り方として、皇太子,妃共々世界の王室・国王サミットでも主催。当然皇太子・雅子妃ともにそうした能力や資質を十分持っており、またそうすることによって皇室の在り方も当然変わってくるものと、ある種の期待をしていた。それが実現していれば、雅子妃も元より病気にもならなくてすんだ筈である。
ところが、いつからか、どこからかの風の吹きまわしで、以前よりむしろ古くなって、密室の中へ押し込めて、雅子妃を病気にしてしまった。そんな皇室を想像するのである。
ブータンの国王夫妻の明るい、おおらかな姿を見て、羨ましくも、わが国でも、と思う。
大勢の被災者を前に終始にこやかなワンチュク国王は、「私は皆さん全員と一人一人と抱き合いたいが、とても無理なので、そのつもりで妻を抱きます」と、こともなげに満面笑みで王妃を抱擁して、満場の喝采を浴びていたが、その自然な抱擁は、被災者に対する見舞いと早期復興へに願いと期待、それに歓迎への答礼とユーモアと、すべてが煮え詰まっているような、そんな雰囲気そのものであった。
かりに、同様の場で、天皇陛下が皇后、美智子皇后と抱擁したらどうだろう。(週刊文春と週刊新潮は待ってましたとばかりに喜ぶかもしれないが)まず先だってわが国にはそんな習慣がないとの言い分を差し引いたとしても、これが「国王」と「象徴」との違いかも、知れない。
中入り。
わが国は皇室・天皇家を、天皇一人を憲法で「象徴」と規定していて、それ以外は皇室典範の規定に委ねられたいる。ところで、NHKは大河ドラマ等では「皇室」「朝廷」を「王家」という表記が使われている。「王家と貴族の対立」、「平氏と源氏、そして王家と貴族----」と。わが国の歴史上、天皇を王、朝廷を王室、王家と言われたことはない。これがNHKの体質かも、と皇学館大学の本間一誠氏が「正論」誌で述べている。
あいにく天皇陛下は入院中で皇室晩餐会に欠席され、皇太子殿下が天皇のご名代として皇后共々出席された。しかしこの場合は雅子妃も出席するべきではないか。雅子妃も病気、か。週刊誌が趣味本位の取り上げる記事からの推測以外には知りえないが。こんな時こそ、雅子妃の経歴からしても独壇場であるべきだが、病気欠席ではブータン国王夫妻に対し礼を失していないか。と、これは下司の杞憂である。
中学生を前に「龍を見たか?」と。わたしは見た。龍は人の過去を食べて成長し、人の体の中にいると、なんと示唆に富んだ話----。
つねに笑みを浮かべてのそのおおらかな姿を見るにつけ、やはりブータンとわが国との歴史,習慣、立場の違いはともかくとして、天皇家にも人間としての自由があってしかるべきではないか。そう、あれ、いつの頃であったか、皇太子さんの結婚前頃、英国からの留学から帰国した当時であったか、割合自由な、現代の若者そのもののような、そんな皇室の一員としての教育を心がけていたように見えた。その証拠に、お一人で夜の新宿の繁華街を散策したような時期もあった。それがまた雅子妃との結婚に繋がって、新しい皇室の在り方として、皇太子,妃共々世界の王室・国王サミットでも主催。当然皇太子・雅子妃ともにそうした能力や資質を十分持っており、またそうすることによって皇室の在り方も当然変わってくるものと、ある種の期待をしていた。それが実現していれば、雅子妃も元より病気にもならなくてすんだ筈である。
ところが、いつからか、どこからかの風の吹きまわしで、以前よりむしろ古くなって、密室の中へ押し込めて、雅子妃を病気にしてしまった。そんな皇室を想像するのである。
ブータンの国王夫妻の明るい、おおらかな姿を見て、羨ましくも、わが国でも、と思う。










