奈々の これが私の生きる道!

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映画「シン・ゴジラ」

2017-04-19 06:37:27 | 映画・テレビ



今回も前回に引き続き、怪獣映画のお話です。
実は、前回の記事は「シン・ゴジラ」のお話をするための前フリだったんです。(笑)
といっても、私は映画館に足を運んで観たわけではありません。
レンタル屋さんに並ぶのを指折り数えて待ち続け、最近、ようやく借りて観たのです。

この映画、すごくヒットしました。
それを受けて、次回作もすでに決定しているようです。
私が、この映画で、まず思ったのは、ゴジラがまた蘇っちゃった!の一言に尽きると思います。
というのも、ゴジラは人気がなくなり、今まで、二度も作られなくなったという背景があるからです。
だって、「男はつらいよ」や「釣りバカ日誌」や「ドラえもん」などのシリーズものは毎年途切れることなく作られ、人気を博してるでしょう?
飽きられたら、それで終わり、それが当たり前なのでは?
なのに、どうして蘇っちゃっうの?というのが、私の素朴な疑問なんです。
たぶん、ゴジラの場合は最初のうちは面白いなと思っていても、次第に飽きちゃうんじゃないでしょうか?
でも、そう思いながらも、ゴジラ好きの人にとって、ゴジラがいなくなると淋しいと言うか、もう一度、無性に見たくてたまらなくなるのかも知れませんね。
しかも、今回の「シン・ゴジラ」は日本アカデミー賞で、最優秀作品賞をはじめ、7部門で賞を取ってるんです。
ゴジラが、日本アカデミー賞の最優秀作品賞?
今の日本の映画界はどうなってるの?
ゴジラが取っていけないとは言いませんが、ほかに社会派とか文芸ものとか、大人が鑑賞するような作品はなかったのでしょうか?
それが、「シン・ゴジラ」を観るまでの私の正直な感想でした。
そこで、私はなぜゴジラが、日本アカデミー賞でいくつも賞を取ったのか、そして、ゴジラの魅力とは何なのかを考えながら、「シン・ゴジラ」を観てみることにしたのです。
まず、一番はじめに驚いたのは本物と見まがうばかりの特撮の出来栄えでした。
日本の特撮は、円谷英二さんが、その水準の高さを世界に知らしめたのは周知の事実ですが、その功績は後の世代にしっかり受け継がれていたのだなという感慨を持ち、私自身、何だか誇らしい気持ちになりました。
そして、この特撮こそ、ゴジラの最大の魅力といっても過言ではないだろうなと思います。
それは、私たちが手品を喜ぶ心境に似ているような気がします。
手品は、仕掛けがあると知りながら、手品師の巧妙なトリックに引っ掛かるのを楽しみにするものですが、ゴジラ映画にもそのまま当てはまるように思うのです。

それに、現実や常識では計り知れない神秘的な出来事を信じたいという気持ちも、ゴジラを見たい動機になっているのかも知れませんね?

次に注目したのは、主要な登場人物が、政治家、官僚、科学者など、国の運命を大きく左右する国家機関の中枢に位置する人物を中心に据えてストーリーが展開していくところです。
おまけに専門用語がいくつも飛び交い、理解するのにかなり労力を必要とします。

それだけに、リアリティーが非常にあり、ゴジラの存在を本当の出来事として信じたくなるほどです。

その次に注目したのが、ゴジラの見せ方です。
ゴジラは最終的に東京で大暴れするのですが、いきなり、東京に姿を現すのでなく、東京周辺から徐々に東京に向かって、恐怖を盛り上げていくのです。
とくに、目を引くのはゴジラが大きく成長した二回目の上陸時の動きです。
この時、ゴジラは神奈川県の稲村ヶ崎を上陸地点に選んでいるのです。
ここは、人口が少なく、緑豊かで風光明媚なところとして有名みたいです。
私が懇意にさせていただいている方も、毎年、稲村ヶ崎に足を運んで、その景色を楽しんでいるみたいです。

そういえば、あの人も、稲村ヶ崎にはゴジラがよく似合うとか言ってような?

それはともかく、そこから、ゴジラは人口が密集している横浜や川崎をのっしのっしと歩いて、段々、東京に迫っていくのです。
そして、自衛隊の反撃にも臆することなく、超高層ビルをいくつも叩き壊しながら進撃していくのです!

あな、恐ろしや~

しかし、これだけで、ゴジラが日本アカデミー賞の最優秀作品賞が取れるわけないですよね?

果たして、ゴジラが賞を取ったのは正しかったのでしょうか?

それを解明する手掛かりの一つが、ゴジラ誕生の秘密のように思われました。

ゴジラはおよそ六十年前に海底に沈められた核廃棄物の影響で生まれた生物だったのです。
つまり、地球上の全生命体の誕生にまつわる原子から科学が生んだ副産物によりゴジラは誕生したのです。
人類は科学によって、地球上でもっとも重要なものから核を生み出し、その使い道を誤ったがゆえに、ゴジラという化け物が現れ、人類に報復を始めたのです。
この映画でも触れられていますが、ゴジラはまさに「荒ぶる神」なのです。
ゴジラは暴れることで、人類に何かを訴えようとしているのです。

そして、この映画で注目すべきはアメリカの日本に対する姿勢です。
そう、架空の国じゃなく、はっきりアメリカを名指しでストーリーに組み込んでいるところを、我々日本人は重要視しなくてはならないと思います。
ほかのどの国よりいち早く軍隊を派遣して、ゴジラを攻撃したのが、アメリカなんです。
日本の首相も、
日米安保条約により、アメリカからの支援を願っているように描かれています。
確かに、アメリカという国は日本にとって、強大で、とても頼もしい味方だと言えるでしょう。
しかし、それは条件あってのことで、戦後の日本に様々な面で譲歩を引き出し、日本人の精神構造まで、骨抜きにしたという側面も、決して看過出来ないのではないでしょうか?

では、日本はアメリカと訣別すべきなのか?

でも、今の不穏な国際情勢をを考えた場合、それは現実的とは言えないですよね?

だから、この映画のラストで語られる理想的な傀儡関係を目指すのが、もっとも望ましいのかも知れません。

そのためには、卑屈にならずに出来るだけ対等の意識を持って、アメリカと渡り合うことが大切なのでは?

だから、アメリカ主導のゴジラへの核攻撃を避けるために、凍結プランを持ち出し、見事、成功させたのではないでしょうか?


ここまで考えたら、なぜ、この映画のゴジラに、シンという文字が付いたのか分かった気がしてきました。

シンは、すなわち、真実の真であり、荒ぶる神としての神であり、そして、新しく生まれ変わった日本の新という、我々日本人が求めてやまない大切なものへの願いを込めて、シン・ゴジラと名付けたということが。



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