寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

寺田正夫 高等学校へいく(176)    

2017年06月13日 00時53分12秒 | 寓話

 正夫は、はっとして一瞬バスに乗るのを予想かと思った。

しかし、幸子が目ざとく正夫の姿を認めて、正夫の名前を

呼んだ。すると雅子も顔を上げて、戸惑いとも喜びともつ

かない顔を見せた。仕方なく正夫は

「やあしばらくぶり」

 と言って少し離れたところに座った。すると、幸子が立

って、正夫の方へ近づいてきた。

「正夫君、あんだ雅子さ何か言うこと無いの」

「とくにないけど」

「そうすか。うんだら雅子にそう伝えてもいいのすか」

「どうぞ」

 幸子は、こりゃダメだと言わんばかりに肩をすくめて戻

っていった。正夫は、これでいいのだと自分を納得させた。

正夫は2人の方を見ないようにした。幸子と雅子は小声で何

かを話していた。バスが発車予定の時刻の2,3分前になっ

て駅前に来て止まった。正夫は風呂敷包みを持ってバスに

乗り込み、後部席に座った。女高生2人は前の方の座席に座

った。外は雪が更に激しく降っていた。正夫はこの様子で

は、明日の登校日は朝苦労しそうだなと思った。

 バスが発車して大新田町の中を通っている間は、道路の積

雪は雪かきをしてあったのでバスが通る部分は少なくバスの

進行の障害にならない程度だった。町中を出て小野田川にさ

しかかると河原は真っ白になっていて川幅が狭く見えた。橋

を渡りきるとすぐ諏訪村に入った。家並みが続くところまで

は積雪がかなりあるようだった。町中に入りバス停に止まっ

た。女高生2人は、正夫の方をすっと見てバスを下車した。

その様子を正夫は目の片隅で見ていたが顔は窓の外に向けた

ままにしていた。バス停の右側を見ていた正夫は、商店がも

うすでに戸を閉めて雨戸も閉めていた。まだ早い時刻なのに

激しく雪が降るときは、お客も来ないので店を早く閉めたの

だろう。バスが発車した。諏訪川を過ぎ小学校のわきの店も

閉まっていた。空はいつの間にか暗くなっていた。バスに乗

り降りする人は全くなく、大原台のバス停に着いた。正夫は

料金を払って下車した。防風林のあるところは積雪も少なか

った。家に着くと部屋に裸電球が一つついていた。煙は出て

いないので火をたいていない。正夫は入り口の引き戸を開け

て家に入った。

「ただいま」

 といったが、弘の姿はなかった。正夫のために明かりを点

灯しておいてくれたのだと思った。弘はまた会合に出ている

ようだった。

 正夫は、明子が作って持たせてくれたものを広げてみた。

重箱が三段重ねだった。

 一番上の重には、煮物が入っていた。その下には焼き魚と

何かの佃煮のようなものが入っていた。一番下の重にはオム

レットと中を仕切って漬物が蓋付きの別容器に入っていた。

正夫は涙が出るほど嬉しかった。明子は栄養のバランスまで

考えてくれていた。正夫はヤカンに水を入れて湯を沸かした。

そして午後七時まで待って弘が戻らなかったら先に食事をす

る。これは弘との約束だった。風呂場へ行って風呂の中へ手

を入れた。湯がまだ入れるくらいの温度になっていた。台所

には鍋に味噌汁が作ってあった。そのすぐわきに鍋に入った

イモの煮っころがしが作ってあった。

 正夫は、弘は本当にいい兄だと思った。湯を沸かした残り

火を炬燵の中に入れた。窓のカーテン(実際は白い布だ)を

閉めた。白湯を飲みながら、おじいさんのことを考えた。パ

スツールは、当時、死亡率の高かった狂犬病の治療法を考え

出した。正夫はお腹の中の腫れ物を治療する方法を考えだせ

ないのか。今は無理だが、将来は必ず治療法を見つけようと

考えた。

 午後七時まではまだ1時間ほどあるので、正夫は明日から始

まる授業の下調べを始めた。しばらくすると、健樹はどうし

ているだろうか。彼も大学を目指している以上は、懸命に勉

強しなければならない。しかし女高生の友人ができてどう付

き合っているのだろうなどと考えが浮かんできた。正夫は頭

を振ってそれらの考えをふっ切った。すると明子が頭の中に

浮かんでにっこりした。しかし、明子の顔を消すことはでき

なかった。正夫はこの前写した写真を早くほしかった。今度

会うときには持ってきてくれるだろうか。明子がにっこりし

てて手を振った消えていった。それで再び勉強に戻った。明

日の授業は午後だけになるので、2科目の教科書に目を通し

終わったとき弘が帰ってきた。時刻はいつの間にか午後八時

を過ぎていた。

「おかえり。友達は元気だったか」

「お帰りなさい。元気だったよ。またお土産をもらっちゃった。

いいと言ったんだけどね。わざわざきてくれたんだからと言

ってすごいご馳走を作ってくれた」

「そうか。温かくなったらイチゴとか、すぐ悪くならない野菜

を送ってあげるのもいいな」

「そうだね」

「ところで、お前は明日から学校が始まるんだろう。食事をし

て風呂に入って寝なさい。今夜は夜半まで雪が降ると放送でい

っていたから、早めに出ないとおくれるぞ」

「わかった。じゃすぐ食事にしようっと。兄さんも食べるでし

ょ」

「折角のお土産だからいただくよ」

 正夫は湯を沸かし、フライパンに油を少し引いてオムレット

を温めた。それが済むと弘の作ってくれた煮物を温めた。

 炬燵の上に並べたオムレットを見て弘は、

「これは卵焼きだな。でもずいぶん大きいな」

 といった。

「これはねオムレットと言うんだって。いつか小さいとき、ほ

らあの角の食堂で食べたことがあるような気がするんだけども

う忘れてしまった」

「正夫は食べ物のこともよく覚えているな」

「兄さんは学徒動員で大変だったからね」

「そうだな。もう思い出したくもないな。あんな経験は一度で

たくさんだ。これから生まれてくる子供達には戦争のない世界

を贈りたいな」

 2人は食事を終わると、弘が先に風呂に入り、正夫は食事の

後片付けをした。

正夫が後片付けを終わる頃に弘が風呂から上がってきた。代わ

って正夫が風呂に入った。弘は先に休むぞと言って奥の部屋へ

行って布団を敷いた。ついでに正夫の布団も敷いた。

 弘は正夫が上の学校へいくのを楽しみにしていた。何故かと

いうと、自分が一番勉強をしたい時期に戦争が激しくなって、

勉強どころじゃなくなってしまったからだ。

 勉強をしておけば、いつか何かのときにその効果が出ると信

じたいた。それで今でも向学心は持ち続けているが自分の置か

れている状態が変わってしまったことを認識していた。それで

正夫には、勉強する機会を失わないようにはげましているのだ

った。正夫もそれを気づいているので勉強は第一にするが、家

のことで自分にできることはできるだけやろうと思ってやって

きた。

  町に住んで家の仕事を何もしないという同級生もたくさんい

るが、彼らがみんな成績がよいかというとそんなことはなかっ

た。正夫は、只野のおじいさんが言ってくれた「人にものを聞

く前に、必ず自分で調べなさい」という言葉は意味が深いと思

った。授業中に質問する生徒がいるが、何を知りたいのかがわ

からないことがしばしばあった。それはやはり前もって調べて

いないことが原因だと考えた。何を知りたいか、それをどう質

問するかが重要なんだ。正夫は只野のおじいさんの話を少しし

か聞けなかったが、奥の深い人だと言うことを知った。それは

はっきりしたことはよくわからないが、すごい人だというしか

なかった。その人が病に冒されている。正夫に何ができるのだ

ろうか。

 

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