寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

寺田正夫 高等学校へいく(195)

2017年07月15日 00時23分26秒 | 寓話

 明子はすぐ戻ってきて、

「おばあさまを手伝ってくるので、新聞でも見ていたくれ

るかしら」

「レコードを聞かせてくれないかなあ」

「どんな曲をお望みかしら」

「例えばベートーベンののどかな曲ってあるのかなあ。も

しあったらそれがいいんだけど」

「マオさんにぴったりのがあるわ。両面に入っているので

レコードが止まったら、私がこからやるようにしてくれる

と続きを聞くことができるわ」

 といって、明子は一枚のレコードを持ってきて電蓄に

セットした。

「止まったらフタを開けて、レコードを裏返してここに置く

の。それでフタをしてこのボタンを押せば続きの演奏が聞

けるわ」

「わかった.ありがとう」

 明子はセットしてキッチンへ行った。やがてスピーカー

から、かすかな音が聞こえ出した。正夫はカウチの背もた

れに身体を預けてゆったりした気分になっていた。正夫は

レコードが入っていたケースを見た。そこには、ベートー

ベン作曲の「交響曲第6番PASTORALE」、指揮者はヘルベ

ルト.フォン.カラヤンで、演奏はベルリンシンホニック.オ

ーケストラとドイツ語で印刷されていた。このレコードは

ドイツで録音されたようだった。

 曲は突然大きな音がした。まるで雷鳴が轟いているよう

だった。そしてまた静かな調べになった。この後レコード

の裏面に続いていた。

 正夫はこの曲は、1年の四季が移り変わる様子を表現し

ているのだと思った。

正夫はベートーベンの音楽に感動してしまった。

  曲が終了すると、待っていたように明子が応接間に入っ

てきた。

「昼食の用意ができました。おじいさまのお部屋の運ぶの

を手伝って下さるかしら」

「いいよ。その前にこの器械の電源を切るのはどうやった

らいいのか教えてくれる」

「そのままにしておいても1分後くらいには自然に電源が

切れるのよ」

 正夫は明子についてキッチンへ行った。祖母は二階の

部屋にテーブルを用意すると言って先に祖父の部屋に行

った。それで正夫は明子と二人で料理をのせてある大き

なお盆を一つずつ持って二階へ上がった。只野が横にな

っているベッドの脇に普通の大きさのテーブルが置いて

あった。テーブルの脚には小さな車がついていた。これ

ならおばあさまが一人でも動かせると思って正夫は安心

した。明子はもう一度1階へ戻っていった。正夫もつい

て行こうとすると、

「正夫さん、おじいさんがお話があるそうですよ」

「はい」

「正夫君、仙台へ明子を連れて行ってあげて下され。あの

子一人じゃ心許ないからな」

「はい、明子さんとそのように打ち合わせをしました。ご

安心下さい」

「正夫君のようなしっかり者がついて行ってくれれば、私

たちも安心です」

「ほんにそうですね」

「それともう一つ、明子を可愛がってあげて下され。明子

はもう正夫君しか目に入らないようだからのう」

「私は身に余る幸せ者だと思っています。何があっても僕

は、明子さんに必ず幸せになってもらいます」

「私は病で気が弱くなっているわけじゃないんだよ。正夫

君を本当に信頼して明子を託す決心をこれと二人でしま

した」

 正夫は目を潤ませて只野の肉うすくなった手を両手で

しっかり握った。只野も正夫の手を握ったが、その手に

は力がなくなったと正夫は感じた。只野の病状が進んで

いるようだった。明子が階段を上がってくる足音が聞こ

えた。二人は手を離して見つめ合った。

「お待ちどおさまでした。正夫さんこれをテーブルの上に

置いて下さるかしら」

「はい」

 といって明子が持っていたトレーを受けとった。

「ありがとう、正夫さん」

 こんなやりとりでも祖父母には、好ましく見えるのだ

った。

「あら、おじいさま何があったんですか。なんだかとても

嬉しそうね」

「いあやなに、正夫君と明子を見ているとほんとにお似合

いだなあと感じただけだよ」

「ほんとにねえ。明子の嬉しそうな顔がまぶしく見えます

よ」

 明子は4人分の茶碗に、お茶を注いでみんなの前に配っ

た。

 明子は、祖父母には料理を小さい皿に少しずつ取り分

けていた。

「それではいただきましょうか」

 と只野夫人がいった。

「いただきます」

 この日の昼食は、中華料理だった。牛肉と野菜を細切

りにしたものを油で炒めて何かの辛い油を入れたもの。

これは青椒肉絲というものだ。次は、豚肉、キャベツ、

ピーマン(ニラで替えてあった)、ニンニクとショウガ

のみじん切りそれといろんな調味料が入っていた。これ

は回鍋肉という。3皿目は小さなエビとタマネギをトマ

トケチャップなど調味料を入れて炒め最後にごま油を入

れて出来上がり。と明子が一品ずつ説明してくれた。正

夫は学園祭の二日目に明子が持ってきてくれた弁当の中

に入っていたのを思い出した。

 正夫がもじもじしていると、

「明子さん、正夫さんにはたくさん取り分けて下さいね」

 といった。

「すみません忘れるところでした」

「困ったものですねえ」

 明子は、正夫のために大きな皿に自分の分を残して取

り分けた。

「アコさん。そんなに食べ切れるかどうか分からないから

...」

「大丈夫よ。マオさんは若いのだから、このくらい食べて

下さい」

 只野が明子の行ったことを聞きとどめた。

「明子は正夫君のことをマオさんと呼んでいるのかい」

「あら、聞かれてしまったのかしら。この呼び方は2人だ

けのときに使うことにしていたのに」

「そんなこと言わずにいつでもマオさんって呼ぶようにし

たらどうだい。そうでしょうマオさん」

「ええ、いえ、あの...」

 正夫は口ごもって顔を赤くした。

「はっはっは。今日はいい日だねえ。マオさんが来てくれ

るといつも気分が良くなるのですよ。クスリなどよりよ

ほど効果があります」

「ほんにそうですね。それで、いつも今度マオさんはいつ

来てくれるのだいと明子に聞いているのですよ」

「僕はいつでも来たいと思っているのですが、家の手伝い

もありますから。もしお邪魔じゃなかったら、時々寄ら

せて下さい。アコさんにはいつもお会いしたいので」

「是非そうして下さい」

「おじいさま、ありがとうございます」

 と明子が言った。

「それでマオさんに一つお願いがあります。今日はそのこと

を話したかったのです」

「はい。どんなことでしょうか」

「あなた、お食事が済んでからにしたらいかがですか」

「失礼しました。まずは食事を楽しみましょう。ほとんどは

明子が料理したようです。なれてきたとは言え勉強中です

から味に不満があるかもしれませんが一緒にいただきまし

ょう」

 4人は改めて食事を始めた。正夫は只野がどんな話をす

るのか少し心配になったが、食事をしているうちに心配は

消えてしまった。

  料理はほとんどを正夫が食べてしまった。正夫は少し食

べ過ぎたかなと思ったが美味しさに負けてしまったのだっ

た。食事の後は、香りの良いお茶がでた。それは中国茶と

いうのだそうで味も良かった。少し雑談をしてから食器類

をかたづけた。正夫は明子を手伝って大きなトレーに食器

を乗せてキッチンへ持って行った。茶道具などは明子が運

んだ。

「マオさん。ごめんなさいね。マオさんという呼び方をお

じいさまに知られてしまって」

「別に悪いことじゃないから気にしないでもいいよ」

「そうね。これで隠し事をしていたような気がしていたの

だけどよかったのね」

「そうだよ。こういうことは自然に分かる方がいいのかも

しれないよ」

「それじゃ、食器を洗うわね。マオさん手伝って下さるの」

「もちろんさ。こんなことも楽しいもんだなあと思ってい

るよ」

 二人は話をしながら食器を全部洗って食器棚にかたづけ

た。おばあさまはキッチンへ下りてこなかった。

 しばらく休んでから庭に出た。松島湾は、遠くの方が靄

っていて見えなかった。朝方と風向きが変わっていた。正

夫は明日は雨が降るかもしれないなと感じた。

 正夫は明子のことをもっと知りたいと思ったが、明子の

ことを思って自然に分かるまでそっとしておこうと思った。

それまで明子は謎の天才ということにしておくことにした。

過去のことは問題ではなく、これからどう生きていくかが

問題なのだと考える方が合理的だと正夫は考えた。

 只野がクスリを飲んで少し休んだ頃ありを見て正夫と明子

は只野の部屋に行った。只野はどんな話をしようと思って

いるのだろうか。

 

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