寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

寺田正夫 高等学校へいく(197)   

2017年07月17日 21時16分35秒 | 寓話

 明子は駅のホームでいつまでも手を振っていた。正夫も列車の

窓を開けて明子が見えなくなるまで手を振った。正夫は、すぐ戻

って明子を抱きしめたいと思った。明子も同じだろうと思った。

 正夫はすべてが夢の中で進行しているように感じていた。しか

し只野の病状は、芳しくないことは事実だ。自分の生命を維持で

きる期間を限られた場合に、その人はどんな行動をとるのだろう

か。正夫は只野のことを思いやった。

 そのとき、明子はキッチンで食事の用意を手伝っていた。只野

は自分の若い頃を思い出しそれを静かに正夫に話した。当時、日

本の若者は外国の文化に必死で追いつこうとしていた。そのため

に若者達はがむしゃらに外国文化を取り込んでいた。只野は自分

もその一人だった。学問の世界ではどうしようもないほどの遅れ

があった。只野は友人達と研究会を作って必死に外国の論文を読

んだ。しかし、外国の論文を読めば読むほど絶望的な状態である

ことを思い知らされた。中には研究会から脱落するものも出てし

まった。只野は最後の一人になっても頑張る決心をしていた。特

に数学は難解だった。数学の書籍をみんなで書き写してそれを教

科書として使った。外国語の文章をそのまま理解できるように語

学の勉強もしなければならなかった。そして2年、3年が経過した

頃、只野は自分たちの課題を考えようと提案した。そこでまた4人

が脱落した。その結果、残ったのは4人になってしまった。その4

人の中から2人が世界的な栄誉を得るだろうと言われるようになっ

た。只野は、戦争が激しくなってくると、軍に協力するようにと

政府を通して要請された。しかし、只野は体調不良を理由に要請

を断った。そして此処松島湾が見えるところに家を建て静養する

ために移住した。そのために只野を非国民と非難する噂があると

友人が知らせてきた。しかし只野は、人が人を殺傷する戦争には

断固反対であった。戦争が敗戦という結果で終了するまでその意

志を変えなかった。正夫は戦争の最中に明子の両親が亡くなった

ことは先に聞いていた。

只野夫妻は両親を幼くして失った明子をこれまで慈しみ育ててき

たが、病を得て病床に伏すことになってしまった只野の無念さは

計り知れない。

 そんなとき明子が好きな人が出来たと行ってきた。それが寺田

正夫という高校生だった。

 高校生の明子にどれほどの判断力があるか分からないが、孫が

好きな人が出来たと言ってきたとき、正直只野は困惑した。孫の

言うことを信じないわけではないが、まだ高校生だった。しかし、

只野の妻は、一度会ってあげたらどうですかと夫に勧めた。それ

で明子に家へ招待しても良いと言った。家へ来た寺田正夫に初め

てあった只野は、今時の高校生はしっかりしていると感じた。只

野は正夫といろんな角度から話をした。正夫はどうやら科学者を

目指しているという。

 只野は、明子が好きになった寺田正夫という高校生は自分の若

い頃と似ていることに気がついた。まだ若すぎるが、初めて会っ

て四ヶ月しか経っていない正夫に、明子の将来を託すことを頼め

るだろうか。彼なら自分たちの願いを聞いてくれるかもしれない

と考えた。しかし、それはいかにも非常識と思われた。 只野は、

明子が正夫のことをどんなに頼りにしているかを知ったとき、ど

う考えたらよいのだろうかと迷いが生まれた。まだまだ将来が不

確実な17才の正夫に不安を感じた。しかし孫の行く末を思うとき、

只野は妻と相談して孫の明子が好きだという正夫に人生最大の賭

けをすることにしたのだった。

 只野は散歩に真疎を連れ出した。そしれ自分の残された時間の

ことを医師の話したとおりに話した。これも正夫にとっては迷惑

なことだったかもしれない。

さらに東京目黒にある家作の管理を弟に依頼しているが、弟にも

子供が無く、しかも只野に近い年齢になっていることも話した。

只野は自分の家庭の事情を正夫に正直に話した。その上で、明子

のことを正夫に話した。只野は、正夫も明子を好きになっている

ことを知った。それで只野は、正夫と話をしているうちに、この

高校生は何か光るものを持っていることを発見した。それを明子

も感じて感情を動かしたのだった。正夫のことを知れば知るほど

只野夫妻は正夫を気に入ってしまった。そうして只野夫妻は、正

夫に明子のことをたのむことにした。初めは友達でも恋人でも良

かった。明子の心を支えてくれるだけでも依頼したかった。それ

に対して正夫は、責任を持って明子を支えていくと約束した。只

野夫妻はその謝礼というのはおかしいかもしれないが正夫が必要

とすることはどんなことでも願いをできる限り叶えると申し出た。

 以上がこの四ヶ月の間に正夫の身の上に起きたことだった。正

夫は、明子の高校の学園祭に行ったことがこんなことになるとは

考えもしなかった。

 正夫は今日もまた乗換駅乗り過ごすところだった。正夫は考え

事をすると周囲が見えなくなるようだと気がついた。乗り換えて

大川駅に到着し列車のドアが開くと、乗車しようとする人は高校

生が数人だけだった。その中に大新田町の生徒がいた。正夫は手

を上げて”やあ”と声をかけた。

「寺田君、どうしてこの列車に乗っているんだい」

「君こそ今日は何があったんだい」

「俺は大川市にある塾のようなところで模擬試験を受けてきたんだ」

「そういうのがあるとは聞いたことがなかったなあ」

「最近出来たのでまだあまりしらていないんだろうさ」

「そこで、高校の勉強の不足しているところを補ってくれるのかい」

「いや、むしろその上を行くと思うんだ」

「どんなところがだい」

「例えば、大学入学試験の問題を解説しながら解答のキーを教え

てくれるんだ」

「そうかあ、それはいいなあ」

「やる気があるなら君も入らないか。まだ空きがるようだから。

俺が紹介してあげようか」

「ありがとう。でもなあ俺には日曜日は家の手伝いをしなければ

ならないから無理だなあ」

「終日にも開講しているよ」

「終日もいろいろてつだいがあるからなあ」

「それじゃあ、君は何時勉強しているんだい。成績のいいし」

「俺の勉強時間は、毎夜午後7時から11時までの間だけだけど」

「そんなにすくないのかあ。この頃、四当五落っていわれてい

るじゃないか。心配ないのかい」

「そりゃ心配さあ。でもできる範囲で効率よくやるしかないだ

ろう」

「まあ、それはそうだけどね」

「もう着いてしまったな。乗り換えてからまた話そう」

 彼はそういって、一緒に乗り込んできた仲間にバイバイと言

って列車から降りて、正夫と一緒に軽便鉄道の客車に乗り込ん

だ。客が乗ると軽便列車はすぐ発車した。

「そうだ、さっきの話野続だけど、ちょうどそこの入会案内を

持っていたからあげるよ」

「ありがとう、返さなくてもいいのかい」

「うん。いいよ提供するよ」

「ありがとう」

 正夫は新聞店から自転車を受けだし家路についた。家に着く

と夕食の用意がしてあり風呂も沸かしてあった。兄は出かけて

いなかった。正夫は一人で食事を済ませ、風呂に入って布団を

敷いた。食器を洗うとき洗った食器を置くところに新しい湯飲

みが3個置いてあった。正夫はお客が3人来たようだと思った。

 正夫はラジオのスウィッチをオンにして英語放送を聞き出し

た。ラジオは歌番組を放送していた。ちょうど8時になると時

報に続いてニュースを始めた。ニュースで、朝鮮半島の問題を

解説していた。朝鮮半島は南北の境界線について話し合いが行

われていると言っていた。一つの候補は北緯38度線にするとい

うのが有力だと伝えていた。ラジオはその他、経済ニュースを

伝えていた。 今日一日はいろんなことがあった。それを思い

返していると正夫は大変な責任を背負ったことに気がついた。

しかし、約束したことは何があっても守らなければならないと

決心した。

 正夫は、明日から新しい生き方をしなければならないと考え

た。しかし、緊張すれば生活が乱れることもあると考えて少し

ずつ変えることが出来るところから変えていくことにした。ラ

ジオのスウィッチを切って、読書を始めた。今読んでいる本は

サマーセット・モーム作の「The Moon and Sixpence」 だっ

た。この本によって、正夫は画家という人とのいることを知っ

た。小説ではゴーギャンという画家がのことが描かれていた。

主人公は小説家である私が語る形式をとっていた。

 

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