寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

寺田正夫高等学校へいく(192)

2017年07月12日 01時20分55秒 | 寓話

 翌朝、正夫は自分のベットの上で目を覚ました。昨夜のことが

幻のように脳裏を通り過ぎていった。あれは夢だったのだろうか。

正夫は判断できなかった。カーテンを開けて窓から外を見ると朝

日が遙かな洋上に浮かんでいるように見えた。

 下の方からピアノの音が聞こえてきた。明子がもう起きて練習

しているのだろう。正夫は洗面所に行って顔を洗い身支度を調え

て、静かに一階へ下りていった。玄関に近い方から応接室にそっ

と入り、カウチに座って明子の練習している姿を眺めた。明子の

しなやかな指がピアノの鍵盤絵を激しく叩き、そして静かな音色

を生み出していった。正夫はしばらくそのまま動かないで明子の

練習が終わるまで見ていた。

 今、明子が弾いている曲は何というのだろうか。曲の特徴から

すると間しかしたらベートーベンの曲かもしれないと思った。今

日、ピアノを弾いている明子は別人のように見えた。やがて曲が

終わった。明子はそのままピアノに向かっていた。正夫は明子が

振り向くまで言葉をかけなかった.やがて明子はピアノの上部を

少しあげて、支えていた棒を外した。そしてピアノの上部を下げ

た。それから鍵盤を愛おしむように優しく拭きだした。それが終

わると、たたんだ楽譜をピアノの上に置き窓に近づいていった。

そして正夫の気配を感じて正夫の方に身体を向けた。そして正夫

に近づいてきた。

「マオさん、お早う。音がうるさかったかしら」

「そんなことはなかったよ.アコが真剣にピアノを弾いている姿を

初めて見て感動してしまった。曲の途中から聞いたんだけど、す

ごい曲だったね。もしかしたらベートーベンの曲かしら」

「よく分かったわねえ。これはベートーベン作曲の「アパッショナ

ータ」という曲なの。とても難しい曲なのでこれまで納得できる

ように弾けなかったのよ。でも今朝はとても気持ちよく弾けたわ。

マオさんのおかげね。ありがとう」

「僕がアコにお礼を言われること七にもしていないよ」

「そんなことないわ。今日はとっても嬉しくて早く目が覚めてし

まったの。そうしたら、この曲を弾いてみる気になったのね。

ほんとにありがとう」

 といって明子は正夫を抱きしめて唇を重ねてきた。正夫もそ

れに答えた。

「ちょっと散歩に行きましょうか」

「うん、いいね」

  二人は玄関を開けて外へでた。松島湾の方から爽やかな風が

吹いてきた。明子は正夫と腕を組まずに手を握った。その手

はピアノを弾いていたので熱いほどだった。

「アコさん寒くない」

「ええ、寒くないはわ。だってマオさんが一緒ですもの」

 太陽は松島湾に浮かぶ島の上に乗っかっていた。

 明子は手を離して正夫の腕と組み、顔を正夫の肩に乗せた。

この時刻にはまだ町は静かだった。

「私、とっても幸せなのが分かるかしら。マオさん」

「僕だって同じだよ。アコさん」

「でも昨夜からのことは絶対に誰にも話さないでね」

「もちろんだよ。アコと僕のことは絶対に誰にもいわないと誓

うよ。僕を信用してくれていいよ」

「ありがとう。私はそういうマオさんが大好きなの。おまじな

いに指切りしましょうよ」

「そうだね」

 といって二人はお互いに小指を出して絡ませ、一緒におま

じないを言った。

明子はうれしいといって正夫に抱きついた。正夫は明子をし

っかりと受け止めた。

 このとき正夫は、大新田高校の山形教諭の言った生物学的

結果について懸念していた。明子を好きで明子と結婚の約束

までした正夫は、そのことについては何も心配することはな

かった。しかし、生物学的結果については少なからず心配す

るだった。そのことについて明子はどう考えているのだろう

か。このことは現実の問題として、明子はどんな考えを持っ

ているのだろうか。明子と話し合わなければいけないと正夫

は決めた。それは今ではないかもしれない。明子のピアノの

発表会の後でということにしよう。

「マオさんの魂はまたどこかへ旅行しているのですか」

 正夫は明子の言葉にはっと我に返った。

「悪かった。考え事をしていたらまた心が旅行に出かけてしま

った。ごめんね」

「一つお願いがあるのだけど、マオさんが私と一緒にいるとき

は、私のことだけ考えてほしいの。そうしないと私寂しくな

ってしまうから。もうマオさんのいない世界なんて私には考

えられないから。わかってね」

「僕だって同じだよ。これから気をつけるから」

 二人はいつの間にか丘の道の北のはずれまできていた。そ

こは北の方の視界が開けていた。眼下に川が見えた.川の水

面がぼやけて見えたが、それはすぐ水蒸気だとわかった。川

の名前は明子が高木川というのだと教えてくれた。

「いい景色だね。川の水面から水蒸気がのぼっているよ」

「あら、ほんとだわ。こういう景色を歌にした人がいるの。ち

ょっと名前が出てこないけど。「早春賦」っていうの」

「その歌の名前は知っているよ。アコは歌えるの」

「ええ。歌えるは一緒に歌いましょ」

「僕に教えてくれる」

 明子は、”春は名のみの風の寒さや”と歌い出した。正夫は、

明子の歌う声にうっとりしていた。正夫は自分も本当に明子

を好きだと改めて思った。

「一緒に歌いましょうよ」

「この歌はアコの歌として僕の胸の中にしまっておきたいな。

アコが時々僕のために歌ってくれると嬉しいんだけど」

「マオさんがそう思うならそうしておきましょう。そしてマオ

さんのために時々歌わせてもらいます」

「ありがとう」

「そろそろ戻ろうか。ずいぶん遠くへきてしまったようだから」

「そうね。祖父母が心配するといけないは」

 といっても急いで歩くことはなかった。腕を組み方に頭を寄

せて歩く姿を他人が見たらどう思うのだろうかと正夫は考えた。

もしかしたら、昨日市場で会ったおばさんが言ったようにお似

合いだと思ってくれるだろうか。多分、仲の良い恋人同士だと

思うだろう。正夫は、はっとした雅子が言っていた恋人同士と

いうのはこう言うのかもしれないと思った。正夫の心がまた飛

んでいきそうになったので、今度は自分から明子に話しかけた。

「昨日市場でおばさんが僕たちのことをお似合いねといっただ

ろう」

「ええ」

「あれって恋人同士という意味なのかなあ」

「そうかもしれないけど、私はもう少し違うと思うわよ」

「どう違うんだい」

「昼間、町中を手をつないだり、腕を組んだりして歩くのはもう

少し深い付き合いだと想像するんじゃないかしら。その結果お

似合いだねといったんだと思うわ」

「そうか、あるときは恋人であり、またあるときは婚約者であ

るということかなあ」

「今日見たら婚約者だと思うわね」

「そうだね」

  そんな話をしているうちに明子の家が見えてきた。

「アコ疲れたんじゃない。ピアノの練習をした後でで結構歩いた

から」

「私はマオさんが一緒だと疲れないわ。もし疲れたらマオさんに

背負ってもらうから」

「今背負ってあげようか」

「もうすぐだから今はいいわ。今度はしっかり背負ってもらう

わね」

 門を通り玄関にはいると味噌汁のいい香りがした。

「ただいま」

「ただいま戻りました」

「まだ寝ていたかと思ったら散歩に行っていたのかい」

「高木川の見えるところまで行ってきました。お手伝い合いま

す」

「その前に、おじいさまに挨拶してきなさい。正夫さんも一緒

に言ってくださるわね」

「はい。行ってきます」

 二人は祖父の部屋のドアをノックした。なかなら”どうぞと

声があったのでドアを開けて室内に入った。只野はベットの

背部を立ててそれに寄りかかり新聞を読んでいた。

「おじいさま、お早うございます。今散歩から戻ってきました」

「お早うございます。ご気分はいかかですか」

「お早う。二人とも早いね。今日も気分がいいようでね、こう

して新聞を読んでいます」

 こうして只野は新聞に出ている記事について二人の話し出

した。それほど気分が良いのだと正夫は思った。

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