寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

寺田正夫 高等学校へいく(193)    

2017年07月13日 02時07分57秒 | 寓話

 明子は祖父が話してくれる新聞記事の解説をとても楽しみに

していた。祖父が体調を崩してから時々しか聞けなかった。

しばらく祖父の話を聞いていたが、祖母が明子を呼んでいる

のが聞こえた。明子は“はーい”と行って下へ行った。すぐ戻

ってきて、

「食事の用意ができとをおばあさまが言っています。おじい

さまはどちらで召し上がりますか聞いてきて下さいって」

「そうか正夫君に申し訳ないが、今日もここで食事をとると伝

えておくれ」

「はい、おじいさま」

「それじゃ正夫さん下へ行きましょう。おじいさままた後でね」

「そうだね。正夫君そういうことなので、失礼しますよ」

「おじいさままたお邪魔します」

「正夫君と話をするのが最近は楽しみになってしまいましたよ」

「ありがとうございます。私ももっともっとお話をお聞きした

いとおもっています」

「正夫さん、お話しはまた後にして下へ行きましょう」

「はい」

 只野は、そんな二人を目を細めてみていた。明子が可愛くて

しょうが無いのだ。そして明子がこの人と選んだ正夫のことを

気に入っていた。

 明子と正夫が食堂へ入るとテーブルの上に炒り卵、鰯の焼き

物、漬物が用意してあった。おばあさんがお盆に小鉢をのせて

キッチンから出てきた。その器には大根おろしが入っていた。

その上に白くて小さな魚がたくさん載っていた。

「明子さん、正夫さんのご飯と味噌汁をついで上げて下さいね」

「はい、おばあさま」

「それでは、私は二階へ行きますからね。正夫さんごゆっくり

召し上がって下さいね」

「ありがとうございます。いただきます」

 おばあさんは、おじいさんと自分の食事を岡持のようなもの

に入れて二階へ上がっていった。

「マオさんいただきましょう」

「いただきます」

 正夫の好きな味噌汁は刻んだネギと賽の目に切ったトーフだ

った。ダシが柔らかくトーフにしみ込んでいてなんとも言えな

い美味しさだった。炒り卵は母の作ってくれたものと同じで少

し甘くしてあった。鰯も頭から食べられるようにこんがりとほ

どよく焼いてあった。

「アコさん、これは魚の小さいのだと思うんだけど何という名

前かしら」

「これは、しらすと言っているわ。大根おろしに味が付くくら

いに醤油を注いで混ぜて食べると美味しいわよ。好きな人はご

飯にのせて食べる人もいるんですって。家ではそういう食べ方

をしないけれど」

「しらすは初めて食べるなあ。美味しいね。いつでも売ってい

るのかなあ」

「しらすは鰯の稚魚だって聞いたことがあるわ。それでとって

はいけない期間があるそうよ」

「なるほどね。そうしないと鰯を食べられなくなってしまうし

鰯を餌にしている大きな魚が生きていけないものね」

「大きな魚ってどんな魚かしら」

「それは分からないけど、例えば鰹とか鮭もそうかなあ。でも

鮭は寒い方の魚だから違うかもしれないね」

「魚じゃないけど、鯨も鰯を食べるのかしら」

「どうだろうねえ。前に何かで読んだ記憶があるけど、鯨はオ

キアミという何かの幼虫を好んで食べる種類があるって書い

てあったよ」

「マオさんはほんとに読んだ本の内容をよく覚えているのね」

「興味があったものは大体覚えているかもしれないよ」

 正夫と明子はそんな話をしながら食事を済ませた。明子は

食器類をお盆にのせてキッチンへ持って行った。正夫は食器

を洗うのを手伝った。正夫が洗い、それを明子がふきんで拭

いて食器棚へしまっていった。

 二人はおしゃべりに夢中になっていてお茶を飲むのを忘れ

ていた。正夫がこれは使ってないから洗わないでもいいのか

なあと言ったので、明子がお茶を飲むのを忘れていたことに

気がついた。こんなことは初めてだったので、正夫はなんだ

かほっとしてしまった。

「あら、お茶を入れるのを忘れてしまったわね。カウチの方で

飲みましょう」

 といってお茶道具をお盆にのせて応接間へ行った。

「マオさんごめんなさいね。お漬物も食べて下さいね」

「これは白菜の漬け物でけど、何かだし汁みたいなものが入れ

てあるのかなあ」

「それはわからないはわ。今度おばあさまに聞いておきます」

 明子はまだまだおばあさまに習わなければならないことが

たくさんあるようだった。

「アコさんに聞きたいことがあるんだけど」

「どんなこと。何でも聞いて下さい」

「アコは僕といるときに緊張することがあるの」

「それは今はなくなったけれど、マオさんの学園祭を見に行っ

たときはドキドキしっぱなしだったのよ。みんなに後押しさ

れたので話ができたけど。本当は話をしないでそのままみん

なと帰ってしまおうとしたの。そしたら誰かが、本気なら行

ってきなさいと耳元で小声で言ってくれたのね。それで厚か

ましいと思ったけど勇気を出して明日も来ますって言えたの」

「そうだったのかあ。その人にいつかお礼を言わなければね」

「ほんと、私もそう思っていたの」

「でも最初は変わった子だなあと思っていたんだけど、僕の説

明を真剣に聞いてくれただろう。それで少し見直してしまっ

たんだ」

「だって私は本気だったし、おじいさまがどんなことを考えて

いるのか見てお出でとおっしゃったので、あなたの説明を懸

命にノートしたのよ」

「そうだったのかあ」

「家へ帰っておじいさまにあなたの説明してくれたことをノー

トを見ながら話したの。そうしたら、おじいさまは明子が本

当にその人を好きになったのなら一度会ってみたいとおっし

ゃって下さったの。それでお手紙を差し上げたのよ」

「そうだったんだね。僕はそんなこととは知らなかったから、

女の子ってどんな生活をしているのか見に行こうと思ったん

だ。でも図々しすぎると思ったし明子のご両親とも会うこと

になると思ったら緊張して話ができないだろうと思った。で

も乗換駅で待っていてくれたのを見て冒険心が湧き上がって

きたんだ。怖じ気づくのはかえって失礼になると考えてアコ

の家まで来てしまい、お泊まりまですることになって、もう

これで終わりだと思った」

「終わりってどういうことなの」

「だって、初めての家へ行ってその夜、泊まるなんて非常識だ

と思ったのさ。普通の人だったらもう絶対に呼ばれないと思

ったよ」

「そうかもしれないわね。でもね、マオさんが寝てから私はお

じいさまに呼ばれたの。そこには、もちろんおばあさまもい

たわ。おじいさまは最初にこうおっしゃったの。明子が彼、

マオさんのことよ、を本気で好きなら私たちも認めるって。

だから私は、もう嬉しくてねよろしくお願いしますって言っ

たの。後でおばあさまが明子は目に涙をためていたっていう

の」

「アコは祖父母に信頼されているんだね。僕は初め、からか

われているんだと思っていたんだよ。それならそれでもいい

かってね。でも二回目に伺ったときにおじいさまに君は明子

のことを好きになれるかと聞かれたんだ。そのときは少し待

って下さい。よく考えてご返事しますと言った。それで翌日

散歩に行ったときアコの事情を初めて知ったんだ。そんな事

情とは関係なく僕は明子さんと付き合いたいと言った。そし

ておじいさまと、こんなことをアコが知ったら怒るかもしれ

ないけれど、僕は明子さんを僕の一生をかけてお守りします

って言った。おじいさまはとっても喜んでくれたよ。おじい

さまはよろしくお願いするとおっしゃって下さった。それで

僕の決心が付いた」

「嬉しいわ」

「だから、おじいさまもおばあさまも僕とアコとが将来結婚

することを認めてくれたんだね。アコもそれでいいんだね」

「はい。正夫さん改めてよろしくお願いします」

「しばらく時間が必要だと思うけど、僕は約束したことは絶

対に守るからね」

「私も約束を絶対に守ります」

 正夫と明子はお互いに身体を寄せ合って唇を重ねた。その

とき応接間のドアが静かに閉まる音がしたのを正夫は聞き逃

さなかった。正夫は今の話をおばあさまに聞かれたと思った。

そして口づけしたのも見られたと思った。キッチンで食器を

洗う水道の音がかすかに聞こえた。

 

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