寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

寺田正夫 高等学校へいく(181)    

2017年06月17日 19時31分18秒 | 寓話

「ところで、アコの高校で進学したいって言う人はどれくらい

いるの」

「進学希望者を調べているのかどうか分からないけれど、私の

周りの友達の中には一人もいないと思うけど」


「大川女子高校でも、とても少ないと生物の先生が言っていた。

その先生は大川高校の先生なんだけど毎週数時間女子校へ教え

に行っているらしいんだ。やはり仙台まで通うのは大変だし

経済的にも無理なのかもしれないしね。それと昔から女子に高

等教育は不要だという考え方が根付いていたこともあるらしい

ね」

「うちではそんなこと言われたことが無いわね。祖父母とも勉

強は若いうちにできるだけやっておかなければいけないって言

っていたわ」

「それは自分の教育程度が高いからだと思うよ。でも一般的に

は女子だけじゃなくて男子も同じかもしれないよ」

「どういうこと」

「戦争中、日本の夫婦は産めよ増やせよと政府のかけ声でたく

さん子供を産んだ。それが大人になる頃戦争が終わり、教育ど

ころか食べるのさえ大変な世の中になった。それでも義務教育

だけは出さないといけない。だけど高校へは行かせられないの

で社会に出されてしまった。自分の食い扶持を自分で働いて稼

げと言うことだった」

「何も知らなくて仕事をするなんて大変だったろうな」

「そうだね。僕たちは多分とっても幸運なのかもしれないね」

「そうよね。私は祖父母にとっても感謝しているのよ。自分で好

きなことをやらせてもらっているから幸運よね」

「僕は自分の幸運を決して忘れないようにしているんだ」

「マオさんは自分というものを確立と言ったらおかしいかもしれ

ないけど、しているのね」

「でもね、今は親の仕送りで高校へ通っているのだから、少しも

偉くないんだ」

「そんなこと無いと思うわよ。ちょっと庭に出てみたいんだけど、

いいかしら」

「もちろんさ」

「ありがとう」

「駅のホームで松島湾を見たら少し煙っていたよ」

「春の松島湾はすっきり見えることが少ないのよ」

「でもこういう景色もいいね。僕に絵心があればなんとか書いて

みたいと思うけどそれだけは努力のしようが無い」

「そうだ、いい物を持って来るからちょっと待っててね」

 明子は家へ戻り、2階へ上がって自分の部屋へ行った。すぐ

戻ってきて袋を正夫に渡した。

「ありがとう。これは何」

「この前写してもらった写真よ。みんなで写したのも、私達だけ

のもあるわ」

 正夫は袋から写真を取り出した。正夫はどの写真でも緊張し

顔をしていた。しかし、明子と二人だけの写真だけは照れながら

嬉しそうに笑っていた。

「ありがとう。これみんなもらってもいいの」

「もちろんよ。もう一枚小さいのが入っていると思うけど」

 正夫は袋の奥の方にもう一枚あるのが見えた。それを取り出し

てみると、明子と二人だけで写っている写真だった。

「これが一番ほしかったんだ。もちろんアコが近くにいるときは

必要ないけどね」

「私もよ。マオさん、喉が渇かない」

「そうだね。喉が乾いてしまったね」

「ちょっとまっててね。なにか飲み物をもってくるから。そこに

腰掛けていて」

 といって木製の長イスを指さした。正夫はそこに腰掛けて、写

真をジーッと見ていた。そして、空を見上げ首を回して全天を見

た。どこを見ても明子の顔が浮かんでいた。

 太陽の位置が高くなったので霞は消えていた。風もなく小春日

和だと思ったが、春には小春日和とは言わないことに気がついた。

思わず顔を崩したところを明子に見られてしまった。

「マオさん。なにをおもいだしたんですか」

「ごめんごめん。今日は暖かくていい天気だから、小春日和かなっ

て思ったが、春に小春日和というのは変だなと気がついたらおか

しくなってしまった。今日みたいな天気のことをなんて言うんだ

ろう」

「私も分からないわ。はい、ジュースと私の焼いたビスケットで

す。どうぞ召し上がれ」

「ありがとう」

 ジュースはミカンの果汁だった。ビスケットは、慎二さんのお

母さんがくれたものと同じような味で美味しかった。

「これはいい香りがするし美味しいね。何の香りだろう」

「それは内緒です。マオさんにも教えられません。あしからず」

「アー、教えてくれないの」

「そんなに知りたいですか」

「アコ。こんなに知りたいです」

 といって、正夫は両手を大きく広げて見せた。

「そんなに知りたいのなら教えてあげましょう。材料は、小麦

粉、バター、牛乳、砂糖、塩、それと香料のバニラエッセンス

です。バニラエッセンスはなかなか手に入りませんので何か他

の香料でも代用できますし、入れなくても美味しいものができ

ます」

「もしかしてこのいい香りはヴァニラ・エッセンスが入っている

の」

「そのとおりです。ヴァニラというのは元々ラン科ヴァニラ属の

つる性の植物です。その実を発酵・乾燥を繰り返し行うことに

よってこの甘い香りが出るのです。そのエッセンスをほんの少

し加えることによってこのようにいい香りが出るのです。ヴァ

ニラ・エッセンスは高級アイスクリームにも入っています。以

上です」

「そんなに貴重なものを使っているんだ。だから美味しいんだね。

アコありがとう」

「マオさんが喜んでくれたので作りがいがありました。たくさん

召し上がれ。いっぱい作ってあるからお土産に持って帰ってね」

「お気遣いありがとう。でもまだ帰りのことを話すのは早すぎる

と思いますけど。アコさん」

「そうでしたね」

「気にしないで下さい。アコの気持ちは十分わかっていますから」

 こんなやりとりをしている正夫と明子に、3月の日差しは柔

らかく優しく降り注いでいた。明子のおじいさまにもこの日差

しをあげたいと思う正夫だった。

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 野際陽子さんを悼む | トップ | 寺田正夫 高等学校へいく(1... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。